人生を味わい尽くす、感情環境デザインの世界。新たな道を切り拓く作業療法士・杉本聡恵さん

みなさんこんにちは、リハノワのかわむーです!

今回は、感情環境デザイナーとして医療福祉の空間づくりをされている作業療法士の杉本聡恵さんをご紹介します。

杉本さんは、感情環境デザインという新たな領域を生み出し、現在はコミュニティデザイナーなど様々な領域のスペシャリストとともに主に介護施設のプランニングに携わられています。

本記事では、杉本さんが生み出された「感情環境デザイン」について、現在力を入れられていることや今後挑戦したいことも合わせて、ご紹介していきたいと思います。

作業療法士・杉本聡恵さん

杉本聡恵(すぎもと・さとえ)さん
作業療法士 / エンプラス株式会社代表取締役 / 感情環境デザイナー / IEE教育環境研究所客員研究員 / 京都大学大学院工学研究科建築学専攻三浦研究室共同研究者

1972年山口県生まれ、広島県育ち。現在は大阪府在住。病院・介護施設での企画・運営を経験した後、作業療法士となる。心身が低迷する方たちの気力を高めるためには、ケア力だけでなく環境力との掛け合わせによる相乗作用が不可欠だと感じ、2011年医療福祉の環境デザインを考えるエンプラス株式会社を設立。本能である感情に働きかけ自発的な行動に繋げる「感情環境デザイン」を軸とし、介護施設のプランニングなどを手がける。

“感情環境デザイン” とは

撮影=足袋井竜也氏(足袋井写真事務所)、宮畑周平(瀬戸内編集デザイン研究所)

感情に働きかけ、自発的な行動につなげる感情環境デザインは「心が生き続けること」を根幹に据え、人が行動する最も強い動機である「感情が動くこと」を軸に環境をデザインします。

人は感情を持つ生き物だから、辛さや切なさも感じるし、生きづらくもなります。しかし、感情があるからこそ、喜びや幸せも感じることができます。

医療福祉の現場には、目に見えない心の中に閉じ込められた感情がたくさん存在しています。しかし、日々忙しいケアスタッフは、そのことにまで意識が向きにくいのが現状です。

感情環境デザインでは、生きづらさを感じる人々のいつも傍らにある「環境の力」を最大限に活かすことで、幸せだと感じられる心の土台をつくります。

元気なときは感じなかった環境の力は、想像以上に、偉大で、やさしさが溢れています。

医療福祉現場の環境

かわむー
かわむー

環境感情デザイナーとして活躍する杉本さんが、「医療福祉現場の環境デザイン」に興味を持たれたきっかけを教えて下さい。



杉本さん
杉本さん

医療福祉現場の環境デザインに興味をもつようになったのは、学生時代にひょんなことから病院でアルバイトをすることになったのがきっかけです。

当時、私は入院中の認知症患者さんの笑顔が少ない状況が気になりました。知識も経験もなかったので、何をしていいか分からなかったのですが、私だったらどうされたら嬉しいか?と考え、認知症の患者さんを数名集めて、屋外で「ティーパーティー」を開いてみたのです。

患者さん、スタッフと一緒にテーブルクロスをかけ、花を飾り、音楽をかけ、陶器のティーセットに紅茶を注ぎ、お菓子を並べました。

すると、患者さんの目にみるみる生気が宿り「私、蘇った!」と、くしゃくしゃの顔で笑ってくれたのです。普段は俯いていた患者さんにこんなにエネルギーがあったんだ!と驚いたのと同時に、「これだ!」と私は確信しました。

人の幸福感は環境を演出すると引き出しやすいことを実感した私は、医療やケアの現場で環境とケアの掛け合わせを実践し、そこにいる全ての人たちに生きる喜びを感じてもらいたいと思いました。


かわむー
かわむー

私もICUの現場で働いていましたが、環境により患者さんの状態が大きく左右されるのを日々とても実感していました。医療現場の環境デザイン、本当に大切ですよね。

「作業療法士」の資格を取ろうと思われたのは、なぜだったのでしょうか。



杉本さん
杉本さん

病院のアルバイトで医療福祉の環境にはまだまだ可能性があると感じ、その病院に就職することにしました。

そして、病院の生活環境の改善や余暇活動に取り組む企画部を立ち上げたい!と切望し、理解を得て、企画部長として6年ほど勤めました。

今思えば、若くて怖いもの知らずだから出来たことですよね。でも、それだけ自分の奥底からエネルギーが漲ってきたんです。とにかく沢山試みました(笑)。

ただ、医療のプロフェッショナルではない私が現場で提案するには、もっと医療を知る必要があると痛感しました。色々と調べるなかで、身体・社会・精神すべてにアプローチでき、特に環境や精神面に重きをおいていたのが「作業療法」だったので、作業療法士の資格を取ろうと思いました。

その後、作業療法を学んだおかげで「なぜこの環境が必要か」「なぜ良い変化をもたらすと考えるのか」など、根拠を持って説明できるようになり、医療従事者の協力を得やすくなりました。

少し話が逸れますが、作業療法学生の時、イギリスの見学先の環境づくりを統括をしていたのが作業療法士でした。その方が「全ての環境に、意味を持たせるんだよ」「たかが雨どいだって、チェーンにすれば雨上がりの水が陽にあたってキラキラ落ちる様を楽しめるしね。」と言っていた言葉は未だに忘れられません。

また、施設の環境づくりに、設計者の他に社会学者、心理学者など多様な領域の方が携わっていることにも驚き、さらに、環境の力を信じることができました。


感情というエッセンス

かわむー
かわむー

杉本さんが、環境に加え「感情」も大切にされるようになったのはいつ頃からだったのでしょうか?



杉本さん
杉本さん

冒頭でお話したティーパーティーの体験をしてからですから、30年近く前からになりますね。心が動く、感情が動くことが生きる気力につながると確信してからずっと「感情」を軸に取り組んできたと思います。

さらに言及するならば、個々の「感情のツボ」も大切にしています。多数の方にプラスに作用する影響がある環境でも、中には変化が見られない方もいます。

そんな時は、その方がどうしてこのような心身状態に陥っているのか、その要因を集めるために、ご本人やスタッフ、ご家族にヒアリングしていき、その方の一番感情が動くツボにあたりをつけます。

例えば、こういったケースがあります。医療用ドリンクを勧めても飲まない男性がいました。飲んでもらおうと、味を変えるなど色々試みますが、一向に飲んでくれません。スタッフに聞くと、これまで会社の重役でプライドが高く、今の自分の状態を情けないと思っているとのことでした。

そこで、スタッフと一緒にキッチンカウンターをお店のバーカウンターに見立て、それっぽい飾り付けをして、音楽を流して「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。こちらにどうぞ。」とにっこり。ワイングラスに医療用ドリンクを注ぎ、スタッフ自身もグラスにジュースを注ぎ「よかったら一緒に飲みましょ!」と乾杯。

すると、あれだけ嫌がっていた医療用ドリンクをなんと飲み干してくれたのです。

この方の感情のツボの一つは「自尊心を大切にする」ということです。ままならなくなった自分を受け入れることを邪魔するプライドにやさしくユーモアを持って演出、アプローチすることで、固まっていた感情が動きはじめました。


かわむー
かわむー

素敵なエピソードを聞きながら、とても心がほっこりとしました。その人らしさである「感情」を大切にした環境デザインには、治癒力があるのですね。

杉本さんが、病院を飛び出し感情環境デザイナーとして起業されたきっかけを教えて下さい。



杉本さん
杉本さん

きっかけは、2つあります。

1つ目は、新規の介護施設立ち上げのコアメンバーとなった時です。当時、建築窓口担当となった私は、深く掘り下げることなく介護施設のお決まりパターンにおさめようとする設計デザインに違和感をおぼえていました。

開放感や明るさを第一とし、その考えで全てをプランしていくことに危機感を感じました。自分のように環境とケアの関係性について考えてきた人であれば、定説に対し、実際に求められる環境について根拠を持って提案することができます。

けれど、運営側の多くは「設計デザインは分からないのでお任せします」と要件だけ述べて、あとはお任せというパターンがほとんどでしょう。

事業者やスタッフの血と汗と涙の莫大な金額をつぎ込むにも関わらず、ここで過ごす高齢者や、家族、スタッフ、事業者の心理を素通りしかねない建築ができてしまうカラクリを知ってしまったのです。

この時、私は置き去りにされた一番核となる「心理」に重きを置いて、環境デザインを提案する専門家の必要性を痛切に感じたのでした。


2つ目は、介護施設を視察にこられた大手ゼネコンの設計部長との出会いにあります。その設計部長は、私が手がけた環境デザインに対して「今まで見た様々な施設は食品サンプルのようだったが、ここは湯気の出た料理のようだ」と、とても褒めて下さり、なぜ湯気が出ている施設と感じたのかを冊子にまとめてくださいました。

そして「あなたは、この環境デザインを世に広める必要があると僕は思います。」というその言葉に、私の感情のツボは大きく揺さぶられました。

このような2つのきっかけから、環境デザインを探求したい気持ちが高まり、病院を離れ、2011年に医療福祉の環境デザインを考える「エンプラス株式会社」を設立しました。

感情環境デザイナーと名付けたのは、それから数年経ってからのことです。

私の中では、環境デザインの中に当たり前にある感情ですが、現場で巻き起こるリアルな感情を拾い上げ、環境デザインとして形にしていくことを求めているクライアントは多くいらっしゃいました。そのため、ひと目で「感情を大切にしていること」が伝わる方がいいなと思ったのです。

また、環境デザインにどうか感情や心理を染み込ませてくださいね、という願いも込めています。


人生を味わい尽くすアプローチ

かわむー
かわむー

現在の仕事内容や、仕事をする上で大切にしていることを教えてください。



杉本さん
杉本さん

現在は、介護施設を中心とした感情環境デザインのプランニングを行っています。

最近では、介護施設とホテルという、福祉とほかの分野の融合であったり、介護施設と就労支援、放課後デイ、レストランなどの複合施設を手がけています。介護施設が他分野との面白い化学反応を試みる時代、地域とにじみ合う時代になっていることを肌で感じています。

感情環境デザインで大切なのは、最大公約数の感情を想定した環境づくりはもちろんのこと、そこからこぼれおちる方々の感情やその施設にいずれ入るであろう人を想像しながら、目では見えていないものを感じることです。

見えないけど、一番肝になるその人ならではの感情のツボを探る習慣を身につけること。そのために、まずその人のことを知ることからだと考えています。

とにかく、ここに来る利用者さんが一回でも笑顔になってほしいという想いで様々な思考を巡らせ、「どんな環境デザインがあると、どんな感情にまで働きかけられるか」をできるだけ多く描くのです。理屈ではなく本能にアプローチできるように、感情軸から考えていきます。

また、先程もお伝えしたように、取りこぼされてしまう方、見過ごされてしまう方の感情に届く環境まで、あきらめずにつくることを心がけています。

高齢になるという一側面を切り取ると、これまで年を重ねてきた記憶が徐々に薄れ、出来ていたことが出来なくなり、大切な人がいなくなり、体はどこかしら痛みがあるというマイナス要素が容赦なく増えていきます。

一方で、自身の人生経験、誇りや繊細な感情は残ります。それが病気になった途端、介護される側になったり、リスペクトのない環境にされたりしたらどれほど辛いことか。

人生の最後の場所だからこそ、人として生きるために、感情が動くツボを余すことなく仕込む。そして、その方のより良い行動に繋げ、心を満たしていく中で「心の土台」を作っていきたい。そんな環境づくりを大切にしています。

私は、より良い環境を創るために、利用者、ご家族、働くスタッフなどが持つ感情や、どうやったらその人の気力が湧くのかなど、プロジェクトに関わる全員と話し合っています。

このような私のやっている感情環境デザインは、人生を味わい尽くすためのアプローチといえます。


かわむー
かわむー

人生を味わいつすくためのアプローチ」という言葉がまたとても素敵ですね。杉本さんはとても柔らかく、いつも笑顔で、紡ぎ出される言葉は本当に優しさに溢れています。

起業後、お仕事をされるなかで大変だったことややりがいを感じたエピソード等があれば教えてください。



杉本さん
杉本さん

私のことを求めている人はいるはずだ、と思う一方で、その方々と出会うまでが大変でした。

しかし、「感情環境デザイン」という名前を使うようになってからは、環境の力を信じ、心を大切にしているクライアントとばちっと合うようになり、仕事がしやすくなったように感じます。

やりがいを感じるのは、スタッフの方が「環境を活用することで利用者さんにプラスの変化があった」と嬉しそうに報告してくださる時や、その変化を目の当たりにした時です。

例えば、無表情だった方に笑顔が戻ったり、怒りっぽかった方が穏やかに過ごしていたり、またそれを見た家族がすごく喜んでくれたりした時ですね。

感情環境デザインの力を信じて任せてくれた、クライアントや仲間が喜んでくれた時も、疲れが吹っ飛んでやりがいが漲ります。


感情環境デザインを学問へ

かわむー
かわむー

最後に、今後さらに力を入れていきたいことや挑戦したいこと等があれば教えて下さい。



杉本さん
杉本さん

今後もしばらくは、医療福祉施設の環境づくりに携わりながら、「環境と心の力を信じている人」と仕事をしていきたいです。

その後は、医療福祉における「感情環境デザイン」というのを学問として確立させていきたいです。感情環境とケアを掛け合わせた分野を、教育機関を通じてもっと多くの方々にお伝えしていきたいと思っています。

人の感情が動かされるきっかけを、とにかく創り続けたい。そして、その考え方を学問として広め、若い人達の感性でさらに医療福祉環境をもっと面白くして欲しい。

それが、私がこれから挑戦したいことです。


かわむー
かわむー

杉本さん、素敵なお話をお聞かせいただきありがとうございました。

実際に杉本さんの手がけられた建築を見させていただきましたが、正直、涙がでるほど感動しました。誰かが人のことを想い続けてつくった建築は、こんなにもあたたかいものなのかと言葉がでませんでした。

数々の面白い仕掛けと、様々なシチュエーションを想定しながらまとめられた環境デザインは鳥肌ものです。

是非、杉本さんが手掛けられた施設の記事も御覧ください。(下記にリンクあり)

感情環境デザインが、学問として広がっていくことを私も心から応援しております。

杉本さん、本日はありがとうございました。



かわむー
かわむー

<杉本さんが手掛けた施設

小多機ゆずっこホームみなり
看多機ホームみなりっこ
尾道のおばあちゃんとわたくしホテル


ぜひ合わせてご覧ください。


写真提供:ひろし


以上、今回は感情環境デザイナーとして介護福祉施設の環境づくりをされている作業療法士の杉本聡恵さんをご紹介させていただきました。


一人でも多くの方に、杉本さんの魅力と素敵な想いがお届けできれば幸いです。


最後まで読んでいただきありがとうございました。


今後ともリハノワをよろしくお願いいたします!


かわむーでした。


この取材は、本人の同意を得て行なっています。本投稿に使用されている写真の転載は固くお断りいたしますので、何卒宜しくお願い申し上げます。


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