多世代が支え合える循環社会の創造|株式会社ゆず代表・介護福祉士 川原奨二さん

みなさんこんにちは、リハノワのかわむーです!

今回は、広島県尾道市にある株式会社ゆずの代表で介護福祉士の川原奨二さんをご紹介します。

川原さんは、介護現場で経験を積み、2014年に株式会社ゆずを創業。現在は、グループホームやデイサービス、看護多機能型居宅介護など、認知症ケアに特化した高齢者介護サービスを中心に9事業所を運営されています。

ゆずの運営する施設は、コミュニティデザイナーや感情環境デザイナーなど異業種とともに「空間づくり」にこだわられているのが特徴です。

本記事では、代表・川原さんの介護にかける想いや大切にしていることを、過去を紐解きながら紹介します。

ゆず代表・川原奨二さん

◆ 川原奨二(かわはら・しょうじ)さん
株式会社ゆず代表取締役 / 介護福祉士
1977年広島県尾道市向島出身。介護福祉士の養成校を卒業後、介護現場での経験を積み2014年に起業。現在は、認知症ケアに特化した高齢者介護サービスを中心に9事業所を運営。施設づくりで大切にしていることは「自分が居たい場所をデザインすること」。「いつまでも、どこまでも、フリースタイル」をモットーにすべてのひとが人生の最期の瞬間まで、「自分らしく」いられる社会環境づくりを目指している。

希望に満ち溢れた介護業界へ

かわむー
かわむー

広島県尾道市を拠点に、多くの魅力的な介護施設を運営されている川原さんですが、そもそも介護業界に入られたきっかけは何だったのでしょうか、


川原さん
川原さん

幼少期の頃から祖父母によくお世話になっていたこと、そして「安定した仕事に就きたい」と思ったのがきっかけです。

両親が自営で商売をしていたため、僕は幼い頃からよく祖父母の家に預けられていました。子どもながらに自営業の大変さはひしひしと感じていたので、「将来は安定した仕事に就こう」と心に決めていました。

高校生の時にバブルがはじけ、就職氷河期が到来。一方で、介護業界はちょうどゴールドプラン策定により、政府から大きなお金が投入されたタイミングでした。

時代背景もあり、当時は今ほど、介護のイメージって悪くなかったんですよね。

これから高齢社会になっていく日本において「介護の仕事は安定した職業だ」と可能性を感じたのとともに、祖父母の影響から高齢者と関わることが好きだったので、介護の道に進むことを決意しました。

高校卒業後は介護福祉士の資格をとるために専門学校に進学。そして、広島県福山市(尾道市の隣)にある医療法人が運営する老人保健施設に就職しました。


かわむー
かわむー

1989年に策定された高齢者保健福祉推進10ヵ年戦略、通称「ゴールドプラン」では、10年間で6兆円以上が投じられ、特別養護老人ホーム整備、ホームヘルパー・デイサービス・ショートステイの整備による在宅福祉対策などが進められました。

まさに、地域における保健医療・介護サービスが広まるきっかけとなった出来事だったと思います。


介護に “エビデンス” を

かわむー
かわむー

実際に介護現場で働かれるようになってからは、いかがでしたか?


川原さん
川原さん

介護施設に就職した僕は、これまで以上に勉強するようになりました。自分が良いと思うようなケアが提供できないことが悔しかったからです。

介護現場では特に人と人との関係性とか信頼、コミュニケーションといったものが大切になるのですが、お年寄りが喜ぶような楽しいことを企画しようとすると、必ずと言っていいほど上司に止められました。

その理由も、根拠のあるものは少なく、僕は納得がいきません。

「こういう理由で、この企画が必要なんです!」とエビデンス(科学的根拠)を持って提案できるようになりたいと思い、その知識を得るために勉強をはじめました。

介護はもちろん医療やリハビリ、その他にも利用者さんのためになると思われる分野は手当たり次第学びました。


かわむー
かわむー

川原さんが学び続ける根源には「目の前の利用者さんの笑顔」があったのですね。とっても素敵です。

勉強はどのような形ですすめられたのですか? 大変だったことや変化したことなどもあれば教えて下さい。


川原さん
川原さん

あらゆる勉強会に足を運びました。

しかし、介護職は給料が限られているので、3人の子どもを養いながら勉強するのは本当に一苦労。20代後半の頃は、介護福祉士として働きながら、夜勤のない夜は居酒屋でバイトをする日々を送りました。勉強代と養育費を稼ぐために、とにかく必死でしたね。

その後、職能団体の会長をしていた当時の施設長からのご縁で、職能団体に入らせてもらいました。そこで講師活動ができるようになったのが、僕にとって大きな変化となりました。

講師として給与を得られるようになったことで、アルバイトをしなくてもよくなったのです。人に教えることで、改めて介護の面白さにも気づくことができました。

就職して3年で介護主任となり職能団体の講師も務めるようになった当時の僕は、「いずれは組織の中でリーダー的存在になるぞ」と、意気込んでいました。


介護現場の課題感から

かわむー
かわむー

医療法人の中で活躍することを望んでいた川原さんが、ゆずを創業するに至った背景には何があったのでしょうか。当時感じていた「介護業界の課題」などもあれば、合わせて教えて下さい。


川原さん
川原さん

施設で働くなかで、利用者さんが施設から自宅に帰れたのにもかかわらず、また寝たきりになって戻ってくるという負のスパイラルに課題を感じていました。

せっかくリハビリを頑張って家に帰れたのに、何故また戻ってくるのだろうか…と悶々としました。

そんな状況を踏まえて、法人として在宅サービス(小規模多機能居宅介護事業)を始めることになりました。その新規事業の指揮を、僕がとることになったのです。最初は不安もありましたが、自分が主導権をもって事業を作っていけることに楽しさとやりがいを感じました。

施設にいると、どうしても暮らしからは遠ざかってしまうのですが、在宅サービスを提供する上では「利用者さんの暮らしの中に自分たちの事業所がある」というのが実感できました。

つい最近まで町内会でお世話になっていたおじさんが利用者として来る、みたいなこともあります。すると、町内会も巻き込んだ「地域まるごとのアプローチ」ができるんです。

そういった面白さにどっぷりとハマってしまい、気づいたら次々と事業所が増え、在宅サービスのスタッフは100人以上までに成長していました。


かわむー
かわむー

私も急性期のリハビリ現場で患者さんが陥る「負のスパイラル」に課題を感じたことから当メディアの運営に至ったので、川原さんの思いが非常によくわかります。

新規事業のリーダーとしてのご活躍、素晴らしいですね!


川原さん
川原さん

事業としては成長する一方で、いずれは施設に戻るのだろうなと自分自身は思っていました。

しかし、在宅サービスが軌道にのったちょうどそのタイミングで、尾道市の行政の方から「在宅事業をやらないか」と声がかかったんです。

昔から安定志向の僕に起業という選択肢は全くありませんでしたが、職場の人の後押しもあり、尾道市で介護事業をはじめることになりました。

当時、法人で一緒に在宅サービスの立ち上げをしていた堀田さんとともに、株式会社ゆずを創業。

約16年務めた医療法人を退職し、2014年から新たな挑戦がはじまりました。


ゆずが大切にする想い

かわむー
かわむー

周りからの後押しで会社を設立されていたとは、驚きました!

2014年の創業以降、現在はグループホームやデイサービス、看護多機能型居宅介護など、認知症ケアに特化した高齢者介護サービスを中心に9つの素敵な事業所を運営されている川原さんですが、施設づくりをすすめるなかで大切にしていることを教えて下さい。


川原さん
川原さん

僕たちゆずが施設づくりで大切にしていることは「自分が居たい場所をデザインすること」です。

会社のモットーには「いつまでも、どこまでも、フリースタイル」を掲げ、すべてのひとが人生の最期の瞬間まで「自分らしく」いられる社会環境づくりを目指しています。

介護施設を運営そして経営するなかで、ある時、僕は気づきました。僕の理想とする良いケアには「環境の力」が必要だったんです。

お年寄りの暮らしに寄り添った良いケアを提供するのは、介護事業所にとって当たり前。わりとどこも良いケアってやっているんです。

自分や職員が入りたい、働きたいと思えるような施設を、空間から丁寧に作っていくことが大切だと考えました。

ただ、僕は建築のプロではありません。そのため、建築に詳しく、さらには地域との関わりも大切にしながらプロジェクトマネジメントを行う、コミュニティデザイナーの内海慎一さんにまずは相談しました。

そこから、作業療法士で感情環境デザイナーの杉本聡恵さんも加わり、現在はたくさんの業界の方と手をとり、同じ方向を向きながらプロジェクトをすすめています。


かわむー
かわむー

内海さんと杉本さんが「介護と建築の架け橋」になっているのですね。

実際に、2022年春にOPENした小規模多機能居宅介護やケアの必要な人も泊まれるホテル、看護小規模多機能居宅介護をみさせていただきましたが、その空間の豊かさに涙がでるほど感動しました…!!

(その感動は記事としてまとめてありますので、是非御覧ください。 記事下部にリンクしています。)


ゆずっこホームみなり(小規模多機能居宅介護)
撮影:足袋井竜也氏(足袋井写真事務所)
尾道のおばあちゃんとわたくしホテル
撮影:足袋井竜也氏(足袋井写真事務所)
看多機ホームみなりっこ
撮影=宮畑周平(瀬戸内編集デザイン研究所)


川原さん
川原さん

僕たちは、介護施設やホテル経営の事業を通して、高齢になっても誰もが社会から切り離されることなく、多世代が支え合える循環社会をつくりたいと考えています。

僕は、福祉ってまちづくりだと思っています。地域の人との関係性を丁寧に紡ぎながら、どんな方にも、人生最期の瞬間まで幸せでいてほしいと願っています。


今後の展望

かわむー
かわむー

最後に、今後さらに力を入れていきたいことや挑戦したいこと等があれば教えて下さい。


川原さん
川原さん

今後は、広島県の東広島市にエリアを広げて新しい事業を展開する予定です。

東広島は学生の町で人口も増えているので、そのあたりと介護福祉事業をつなげながら面白いことを仕掛けていきたいと考えています。

僕の目指す世界観に共感してくれるたくさんの仲間、他業界のスペシャリストとともに、これからも閉鎖的な介護業界に新しい風を吹き込み続けられるように、前に進んでいきたいと想います。


かわむー
かわむー

川原さん、素敵なお話をお聞かせいただきありがとうございました。

まさに「介護業界の風雲児」という愛称がぴったりと合うようなゆず・川原さんの動向から、今後も目が話せません。いつまでも、どこまでも、フリースタイルで、社会を面白くしていってほしいです!


また、実際の施設もとても素敵なので、是非、以下の記事もご覧になってください。

<ゆず関連施設>
小多機ゆずっこホームみなり
看多機ホームみなりっこ
尾道のおばあちゃんとわたくしホテル



魅力的な人が関わり続け、みんなで一丸となって面白い事業を展開し続けているゆずさんのご活躍を、今後も応援しています。


川原さん、本日はありがとうございました。



写真提供:ひろし


以上、今回は株式会社ゆずの代表で介護福祉士の川原奨二さんをご紹介させていただきました。


一人でも多くの方に、川原さんの魅力と素敵な想いがお届けできれば幸いです。


最後まで読んでいただきありがとうございました。


今後ともリハノワをよろしくお願いいたします!


かわむーでした。


この取材は、本人の同意を得て行なっています。本投稿に使用されている写真の転載は固くお断りいたしますので、何卒宜しくお願い申し上げます。


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