みなさんこんにちは、リハノワのかわむーです!
本日は、福祉領域の建築に強い想いを持ち活動されている一級建築士の八木稔文さんをご紹介します。
八木さんは、東京都江東区にある一級建築士事務所「合同会社 わくわくデザイン」に所属し、代表社員として全国の物件を手がけられています。
実際に2020年冬にオープンした埼玉県の介護施設「デイサービスmoi」さんの建築を通して、八木さんの福祉と建築に対する熱い想いをお伺いしました。写真も交えながらその魅力を存分にお伝えしてきたいと思います。
一級建築士・八木稔文さん
◆ 八木稔文(やぎ・としふみ)さん
1976年東京都出身
<略歴>
2000年東京理科大学工学部一部建築学科を卒業後、早稲田大学大学院創造理工学研究科建築学専攻を修了。2005年より株式会社環境システム研究所に勤務し、建築設計に従事。2015年より合同会社わくわくデザインに参画し、日本全国の建築設計に携わる。福祉と建築をテーマに、これまでに栃木県の介護付き有料老人ホーム「新」や長野県の中規模多機能福祉施設「あたり前の暮らしサポートセンター」、埼玉県のデイサービス「moi」など、全国各地の福祉建築を手がける。
福祉建築との出会い
八木さんが、福祉建築に携わるようになったきっかけは何だったのですか?
前の会社で、たまたま特別養護老人ホーム(特養)を担当したのがきっかけです。そこから勉強をはじめました。
新設の130床の特養だったのですが、私は初めての福祉施設の設計だったということもあり、丁寧に職員さんのヒアリングをしました。すると、「あれもあったらいいよね」「これもあったらいいよね」と、とにかくたくさん要望が出てきたのです。
それらは、働く側の視点としては確かにと思う意見でした。一方で、それら希望を全て叶えていると、まだこの場にはいない利用者さんに、お金がかけられなくなってしまう状況でした。
私は、利用者さんの視点が必要だと感じ、福祉について色々と調べるようになります。
福祉建築では、職員と利用者さん両方の居心地の良さ追求しなくてはならないので、そのバランス感が難しそうですね。
福祉について調べる中で、何か見えてきたものはありましたか?
私は、利用者さんについて詳しく知るために本屋さんに行きました。そこで、まず「個浴」の本と出会います。
個浴とは、一般家庭で使用されているような普通の浴槽を使い、力の伝達をうまく使った介護技術(適切な介助方法)によって人をお風呂に入れることです。重度の介助をするには機械浴しかない、と思っていたので「これ、めっちゃ安くていいじゃん!」「気持ちよさそうだし!こんな方法があったのか!」と衝撃を受けました。
ざっくりですが機械浴1つが500万だとすると、浴室1つを作るのには1000万円程度かかってきます。その時には、機械浴はとにかくたくさん欲しいなんて話も聞こえてきていたので、うまくバランスをとりたいなと思っていました。
そんな経緯から、介護技術(ソフト面)で「福祉建築のお金が回らない問題」がカバーできるなんて凄い!と思うようになり、福祉現場に関わる人達の持つ力に興味を持つようになります。
福祉の世界を覗いていくと、いい意味でこれまでの自分の価値観を覆すような、面白いことを考えている方がたくさんいました。
福祉現場に携わる人の、「目の前の方に真摯に向き合う姿」がとてもリスペクトできると強く感じたのを覚えています。
課題との向き合い方
福祉建築に携わるようになり、建築士の八木さんが強く感じた「現場の課題」はどんなところにありますか?
現場には本当にいろんな課題がありますが、強いて2つあげるとすると、まず1つは介護そのものの難しさとその対応に割ける人数が限られていることですよね。介護現場っていわゆる「やりたいこと」がたくさんあるのに、圧倒的に人がいません。
もう1つは、社会的要求(規定など)がものすごく多いことです。
これらの要素が複雑に絡み合い、結果、つまらない思いを強いる福祉施設になってしまっていると思います。
設計の際に「これがあるといいよね」と豊かそうな場所をたくさん作っても、実際には年に数回しか使われなかったり、危ないからと鍵をかけてしまったりと活かしきれないケースは多いと思います。
設計はただ豊かそうな場所を作るだけではダメで、利用者さんや職員さん、地域の人までを巻き込んで楽しめる仕掛けを散りばめる必要があると考えます。
関わる全ての皆さんが楽しい気持ちで集まりたくなり、コミュニティ形成が促進されたらいいですよね。
八木さんの建築がとても温かくて居心地が良い理由がわかりました。そういうことを丁寧にしていかないと、本当の居心地の良さは作れないのですね。
例えば、高級老人ホームですごくいい照明や家具があって、すごく素敵な空間が作られていたとしても、そこに居心地の良さがないと1ヶ月もしたら飽きたり居ることが辛くなったりするのではないかと思いました。
八木さんが福祉建築に携わる中で、どんなことに大変さを感じましたか? また、現場のリアルな声や情報はどのようにして集めていかれたのか教えてください。
現場をイメージするのが難しいことですね。関わる人によって多様な状況もありえます。
例えば、普通の住宅だったら自分も家に住んでいるわけなのである程度暮らしが想像できます。しかし、福祉建築の場合、私は介護状態になったこともないし、介護をした経験もありません。
スタッフさんや利用者さんの心理的なところにどう仕掛けるかによって使いこなされ方が大きく変わると思っています。簡単に解決できる問題ならすでに解かれているはずなので、状況をよく理解しないと何も変えられないかなと。
10年以上前に関わった特養では、毎日スカイプで3時間くらい担当者の方と話して状況を伺ったり。それを、1年くらいは続けましたね。そこでインプットしてもらった情報が、今でもすごく活きています。あとは施設に泊まらせてもらい、夜勤時間を一緒に過ごさせてもらうなどして出来るだけ体感させてもらいました。
現場のスペシャリスト、特に介護アドバイザーの青山幸広さん(ケアプロデュース RX 組)には、現場が抱える問題、何を目指すかについて色々と教えていただきました。
デイサービスmoiの山口真さんとも、実際の現場で色々と実験しながら進めています。
人の「参加」を仕掛ける設計
八木さんが、福祉建築を手がけるときに大切にされていることを教えてください。
「誰のために、何のためにやっているのか」ここを突き詰めるのはとても重要です。
その上で、みんなが関わることのできる、隙があって絡みやすい設計を心がけています。これが、福祉施設のポイントではないかと思います。みんなが参加して笑える、そんな空間を作りたいです。
だから、設計者が力を見せつけるような建築は少し違うと思っています。
また、私は食から「参加」に繋がって欲しいと考えています。なので、キッチンは利用者さんが参加しやすいような設計にしています。高さや場所、スタッフ用のキッチンの大きさなどに工夫を凝らします。
ただ、そこを重視しすぎて効率が落ちてしまうと今度は職員さんが困ります。利用者さんの参加を大切にしつつ、非効率にもしないために、そのバランス感を現場と調整しながら進めていきます。
理学療法士の私からみて、まさに、八木さんの考えられていることは「リハビリテーション」そのものだと感じました。
作業を通して利用者さんの活動や参加を促しているといった点では、作業療法士に似た感覚をお持ちだなと。
空間・環境を設計し、なおかつそこにかっこいいデザインを吹き込むことで居心地まで設計する。目の前にいる一流のセラピスト×一級建築士に鳥肌がたちました。
医療介護界のセラピストには、ぜひ一度、八木さんの建築にふれて欲しいです。
利用者さん同士が関係性を築き居心地の良い空間を作るためには、まずはお互いのことをよく知るということが必要です。その時に、共同で何かすることの大切さに気がつきました。
「一緒にお昼ご飯を作る」という共同作業を通して、普段家でどんなもの食べてるの?とか、どこ住んでるの?とか、一緒にお買い物行こうとか、そんなことが自然発生し積み重なることで信頼関係につながります。
ここを丁寧に設計することで、寂しさや孤独といったものがなくなり、福祉施設らしい繋がりが提供できると思いました。
福祉建築には、一緒に作業できる環境を整えることが重要です。
福祉建築の作り方
福祉建築の作り方や進め方で、肝となる部分はどこでしょうか。
町から始めるのが一番面白いと思います。
私の場合、まずはその町に歩いている人の様子や過ごし方を見ていきます。その土地にないもの、と言うのも大事です。そこに何が必要なのか、考えながらイメージを膨らませます。
また、その建築設計を進める中で第3者(地域の人)をどれだけ巻き込めるかが面白い福祉施設にするためのポイントになると思います。
利用者さんや職員さんも、いつも同じ人と関わっているよりかは、地域の人や子どもたちが関わってくれた方が楽しくなります。地域を巻き込むことはマストポイントではないと思われがちですが、私はこの部分をとても大事にしています。
建築は、第3者を巻き込む際にとても大きな力を発揮します。
八木さんは、設計という手段を用いてコミュニティを形成しているのだと改めて感じました。
福祉建築を創っていく仲間としては、どんな人と関わっていきたいですか?
同じ思いを持った、相性の良い方とやりたいですね。
僕が大切にしているのは、今日お話ししているようなことです。
現場の方(ソフト面)と設計者(ハード面)が同じ方向を向き、一緒になってやっていけたらめちゃくちゃいいですよね。
ポテンシャルと可能性
最後に、八木さんが考える福祉建築の持つポテンシャルと可能性について教えてください。
福祉施設って、私はものすごく面白いと思っています。
その大前提として、福祉施設の利用者さんやスタッフはとても困っているからです。課題だらけなんですよ。そこに、デザインの力で解決できることは山ほどあります。
しかし、実際の現場からデザインはあまり求められていなくて、建築士はある意味力が発揮できないんです。いろいろ月並みでいいから価格が安い方がいいってなると、悪循環ですしね。
だからこそ、そこを変えていきたいと思っています。限られた予算でどれだけ実現できるか、大変ですがそこにやりがいも感じます。
社会を見渡すと忙しい人多いじゃないですか。でも、福祉施設は皆やることなく手持ち無沙汰に過ごしている。そしてその人達はみんなすごい技術や知恵を持っている人だったりしますよね。これってすごいポテンシャルがあることだと思うんです。
過疎化が進む地方で忙しく走り回っているのは、デイサービスの送迎車だったりします。デイサービスに来る利用者が30人だとしてスタッフあわせて50人、それぞれの家族あわせて200人、友人も合わせると声をかけて巻き込める人数は1000人は超えると思います。
そんな方々に、豊かな時間やまだまだ捨てたもんじゃないと思える状況を提供できるかもしれないと思うと、やりがいがありますよね。他の建物にはできないことですから。田舎ほど、そこから町を変えることができます。
田舎でも地域の人の意識が少しずつ変わっていけば、必ず町が変わります。
私はこれからも、建築を通して人を、コミュティを、地域を、元気にし続けていきたいです。
八木さんの福祉建築を通して創る世界、そしてその過程のつむぎ方に胸が鼓動が高鳴りました。
建築はどこまで行ってもオフライン。コロナ禍でオンライン主流の世界になりつつありますが、今一度、オフラインの繋がりや、八木さんの手掛けられるような丁寧な関係性、暮らしといったことを見直す必要があると感じました。
ーー八木さんの想いが、全国、全世界に広がることを願って。
八木さん、取材・撮影に丁寧に応じてくださったデイサービスmoiさん(代表 山口さん)、本日はありがとうございました。
今後のさらなるご発展を、心より祈念しております。
photo by ひろし
(記事に掲載しきれなかった写真はInstagramにて公開しております)
以上、本日は福祉領域の建築に強い想いを持ち活動されている一級建築士の八木稔文さんを紹介させていただきました。
一人でも多くの方に、八木さんの魅力と素敵な想いがお届けできれば幸いです。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
今後ともリハノワをよろしくお願いいたします!
かわむーでした。
この取材は、本人の同意を得て行なっています。本投稿に使用されている写真の転載は固くお断りいたしますので、何卒宜しくお願い申し上げます。
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