戦地でのリハビリテーションの現状|ウクライナで活動する国境なき医師団・理学療法プロジェクト【あなたの知らないリハビリの世界】

2023年8月、国境なき医師団の理学療法プロジェクトのマネージャーに手を挙げたひとりの日本人が、ウクライナの戦地に飛び立ちました。

「すべての人にリハビリテーションという選択肢を」という思いを胸に現地へ向かったのは、理学療法士の山崎陽平さん(32)。山崎さんと筆者は、以前の職場の同僚です。連絡を取り合うなかでウクライナ派遣のお話を伺い、今回の取材が実現しました。

国境なき医師団としては珍しい理学療法士の派遣。現地での活動についてお話を伺うため、派遣後3ヵ月が経過する11月、ビデオミーティングにて日本とウクライナをつなぎました。画面越しに見える山崎さんは、出発時よりほんの少し痩せたように見えます。取材は、日本時間午前7時、ウクライナ深夜0時からスタートしました。

この記事では、現地で活動する理学療法士の山崎さんから伺った話をもとに、普段なかなか知ることのできない戦地でのリハビリテーションの様子やウクライナの医療の現状についてお伝えします。

※山崎さんの個別インタビューはこちらの記事で紹介しています(記事下部にもリンクあり)

国境なき医師団(ウクライナ)

国境なき医師団とは

国境なき医師団(Médecins Sans Frontières=MSF)は、1971年に医師とジャーナリストによってフランスで設立されました。紛争や自然災害、貧困などにより危機に直面する人々に、独立・中立・公平な立場で「緊急医療援助」を届ける民間で非営利の医療・人道援助団体です。現在、世界75の国と地域で活動しています。

活動内容は幅広く、外科治療や栄養失調の治療、感染症への対応、心のケア、衛生環境の改善などの医療援助や、現地で目の当たりにした人道危機の現実を社会に伝える証言活動などさまざまです。証言活動では、人々が受けている人権侵害や暴力行為を国際社会に訴え、医療だけでは変えられない問題を解決へと導いています。

国境なき医師団には、医師や看護師のみならず多様なスタッフが在籍しています。その半数は非医療スタッフで、物資の調達や病院の建設、電気・水の確保、資金・人材の管理など、さまざまな分野のプロフェッショナルがチームを結成し、活動しています。

理学療法プロジェクト

2022年2月24日、ロシアとウクライナの大規模な戦争が始まりました。攻撃は、病院や学校、住宅にまで及び、民間人にも死傷者を出すなど悲惨な状況となっています。なかなか戦争の終わりが見えない中、戦争傷病者に対するリハビリテーションは、急性期の身体的なリハビリテーションのみならず、心理的、社会的そして職業的な回復を積極的に促進する必要がでてきました。

そこで、国境なき医師団は2022年の8月に理学療法プロジェクトを設立。戦争傷病者が自分らしい生活を取り戻し、社会復帰できることを目指して、理学療法士の派遣がすすめられました。

日本人理学療法士は、2023年4月から8月まで1人目が、2023年8月から2人目(山崎陽平さん)が派遣され、現地での早期リハビリテーションの推進や理学療法の底上げなど、教育・普及活動に尽力しています。

ミサイルにより破壊されたウクライナの街の建物(山崎さんより写真提供)
地雷を踏んで右足を切断した男性のリハビリにあたる国境なき医師団の理学療法士(撮影=Verity Kowal/MSF)

今回のミッション

かわむー
かわむー

ウクライナの医療やリハビリテーションの現状と、今回のプロジェクトのミッションについて、現地で活動している理学療法士の山崎陽平さんにお話を伺いました。

◆ 山崎陽平(やまざき・ようへい)さん
1991年生まれ、千葉県出身。2013年に理学療法士免許を取得後、総合病院、クリニック、訪問看護ステーションでリハビリ業務に従事。2023年8月より、国境なき医師団のフィジオプロジェクトのマネージャーとしてウクライナに派遣。現在は、ウクライナのクロピウニツキーやミコライウ、ヘルソンという地域で、戦争傷病者に対する早期リハビリテーションの拡充や他職種連携、理学療法の底上げをおこなう活動に従事している。


山崎さん
山崎さん

活動する中で私なりに見えてきた、ウクライナの医療やリハビリテーションの現状をお伝えします。

戦争が激化して以来、ウクライナでは多くの人が戦争による怪我で苦しんでいます。砲撃や地雷で負傷した場合、まずは近くの病院で一命を取り留めるための応急手当(手術など)を行います。その後、首都キーウなど、前線からは少し離れた場所にある病院で二次的な処置を行い、加療が必要な場合は入院、軽症であればリハビリはせずに自宅に帰ります。

末梢神経障害など後遺症のある患者はリハビリ科を受診し、数週間から数ヵ月がたってようやくリハビリ開始となります。日本では当たり前となっている早期リハビリテーションは、まだまだ浸透していない状況です。

各病院には、「リハビリドクター」と呼ばれる専門の医師、理学療法士(4人程度)、リハビリ補助スタッフ(2人程度)、マッサージ師(2人程度)などのリハビリ従事者が在籍しています。整形外科の術後などは、「エクササイズナース」と呼ばれる看護師が運動を行っている施設もあります。体制としては、比較的充実しています。

現場の理学療法士は、体操の先生のようなイメージが強くあります。理学療法士を育成するためのカリキュラムは2016年から整備されていますが、国家資格制度ができたのは2022年です。治療を行うにあたって必要とされる評価やその効果判定は、十分には行われていないのが現状です。ウクライナのリハビリテーションの環境は、まだまだ発展途上といえるでしょう。

国境なき医師団のチームは、理学療法と術後ケアの専門知識とトレーニングで、ウクライナの医療システムをサポートしています。今回の派遣では、私は理学療法プロジェクトを率いる「理学療法マネージャー」として、戦争の負傷者に対する早期リハビリテーションの拡充、理学療法の底上げ(病院や大学での講義)、症例の個別相談、他職種連携の推進、リハビリ用品の寄付検討などを活動内容としています。


ミサイルにより破壊されたウクライナの街の建物(山崎さんより写真提供)
地雷を踏んで右足を切断した男性のリハビリにあたる国境なき医師団の理学療法士(撮影=Verity Kowal/MSF)

戦場のリハビリテーション

活動概要

山崎さんが参加する国境なき医師団のプロジェクトでは、ウクライナ国内に5つの拠点(首都キーウ、クロピウニツキー、ミコライウ、ポルタワ、ハルキウ)を置いています。各拠点では数十人のメンバーがさまざまな役割をもって活動しています。

理学療法プロジェクトは、理学療法マネージャー(山崎さん)、外国人ロジスティックマネージャー(安全状況をモニタリングする人)、通訳(ウクライナ人)、ドライバー(ウクライナ人)の4人で活動しています。

5つの拠点にそれぞれ理学療法プロジェクトがあり、理学療法マネージャーが1人ずつ配置されています。(山崎さんはクロピウニツキーとミコライウの2拠点を担当しており、車で3時間ほどの距離を1週間に1回のペースで行き来しているそうです)

現地での活動は、基本的には平日で、土日は休みです。活動中は安全のために、国境なき医師団のロゴが入った白いベストかTシャツを着用し、現地通訳とともに2人で行動します。

宿舎は個室になっているため、プライベートが確保されています。休日は宿舎から出て行動することも可能ですが、必ずプロジェクト・コーディネーター(活動責任者)に報告する必要があります。軍に関係している場所や街の郊外など行ってはいけない場所が決められていて、外出中はセキュリティーチームが作成したマップを見ながら行動します。

仕事用の携帯電話を常に携帯し、空襲アラートが鳴ったらプロジェクト・コーディネーターに自分の居場所をメッセージアプリを使って連絡するルールとなっています。

宿舎外観(山崎さんより写真提供)
宿舎の共有スペース(山崎さんより写真提供)

リハビリ内容

理学療法マネージャーの山崎さんが行っている、ウクライナでの活動の一部を紹介します。

1. 戦争の負傷者に対する早期リハビリテーションの拡充
戦争の負傷者は、骨折、切断、熱傷、末梢神経損傷などさまざまな外傷で病院に運ばれてきます。ウクライナのクロピウニツキーという地域にある2つの病院、危険地域とされているミコライウとヘルソンという地域にある病院に行き、主には救急医や整形外科医と丁寧にコミュニケーションをとりながら、早期リハビリテーションの重要性について伝えています。

2. 理学療法の底上げ
私が国境なき医師団として現地で活動できる期間は半年程度と限られているため、直接理学療法マネージャーが戦争の負傷者のリハビリをするのではなく、現地スタッフのトレーニングに力をいれます。たとえば、個別の症例相談や、現地の大学での講義などです。個別の症例相談は、治療や評価などテクニカルなことを聞かれることが多く、気づきを与えるような形で接します。

大学での講義はゲストスピーカーとして訪問し、リハビリテーションの概念や理学療法、評価について伝えます。3日に1度程度サイレン(空襲警報)が鳴るため、その度にシェルターに逃げ込む必要があります。戦争により、学生たちの教育機会は奪われているのが現状です。

3. 理学療法士の採用
国境なき医師団の理学療法士として活動する、ウクライナ人の採用面接などを行います。

4. リハビリ用品の寄付検討
病院のリハビリ科に何が必要か評価し、寄付するリハビリ用品を選定します。その後、リハビリ用品の使い方を現地の理学療法士に指導します。実際に寄付したリハビリ用品としては、プラスチックAFOやバランスボール、セラバンドなどがあります。


山崎さん
山崎さん

現地で活動する中で、一番多い診断名は「contusion(挫創)」です。たとえば、爆弾の爆発により太ももの筋肉にまで及ぶ開放性損傷が生じ、形成外科含めて手術したものの膝関節に関節可動域制限が残ってしまったようなケースです。

理学療法のテクニカルな面ももちろん大切ですが、戦争の負傷者の社会復帰を見据えると、心理面や社会背景を加味した患者主体のアプローチが重要となります。現地の方々には、多職種連携も含めたチーム医療の大切さについてもお伝えしました。

リハビリ用品の寄付に関しては、寄付をして終わりにならないようにするのが重要です。必要物品は、選定の後に上長による確認、承認を経て寄付することができます。しかし、いくら現場から要望があっても、CPM(持続的関節他運動訓練器)など現地スタッフだけでは使用が難しいものは寄付できません。

現地調査をして上長に承認をとり、現場スタッフが使えるように指導する。このプロセスは結構大変です。



国境なき医師団のソーシャルワーカーが患者と面会する様子(国境なき医師団より写真提供)

チーム連携

安全確保や連携強化を目的に、定期的なチームミーティングや夜間のセキュリティチェックが行われています。

◆ セキュリティミーティング
週に1回1時間程度、各チーム(理学療法、心のケア、広報、活動のコーディネーション、医療チームなど)のマネージャーが1人ずつ集まり、戦況がどのように動いているかなど分析する人から情報をもらいます。

◆ メディカルミーティング
週に1回1時間程度、医師、看護師、心理療法士、理学療法士などが集まり、1週間の活動内容や成果を報告します。

◆ 輪番制セキュリティ監視
週に1回、輪番制で夜間のセキュリティ監視を行います。担当者はスマートフォンを持ち、空襲アラートがあった際は各チームに知らせます。ウクライナで何が起きているのか閲覧できる「Ukraine Interactive Map」も参考にしています。

チームメンバーで食事をしている様子(山崎さんより写真提供)

ウクライナの基本情報

・首都:キーウ
・人口:約4,159万人(クリミアを除く)(2021年:ウクライナ国家統計局)
・面積:60万3,700平方キロメートル(日本の約1.6倍)
・公用語:ウクライナ語
・民族:ウクライナ人(77.8%)、ロシア人(17.3%)、ベラルーシ人(0.6%)、モルドバ人、クリミア・タタール人、ユダヤ人等(2001年国勢調査)
・主要産業:卸売・小売業、自動車・二輪車修理業(14.0%)、製造業(10.1%)、農業、林業、漁業(9.3%)、行政・防衛・社会保障(7.2%)、不動産業(6.4%)、運輸・倉庫業(6.3%)、情報・通信(5.0%)、鉱業・採石業(4.5%)、教育(4.3%)、専門・科学・技術的活動(3.3%)(2020年:ウクライナ国家統計局)
・国民総生産(GDP):1,555億ドル(2020年:世銀)
・通貨:フリヴニャ(UAH : hryvnia)

引用元:外務省ホームページウクライナ
ウクライナ・キーウ行の夜行列車(山崎さんより写真提供)
夜行列車の車内(山崎さんより写真提供)


かわむー
かわむー

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山崎陽平さん(理学療法士)インタビュー記事

ぜひ合わせて御覧ください。




以上、本記事ではウクライナで活動する国境なき医師団の理学療法プロジェクトについて紹介しました。

国境なき医師団のなかでも、まだまだ数の少ない理学療法プロジェクト。戦地で試行錯誤しながら活動する山崎さんの声から、リハビリテーションの歴史やあり方、豊かさなど、改めていろいろと考えさせられる機会となりました。

最後は、残りの期間をどうか無事に終えられるよう山崎さんにエールを送り、約3時間にわたる取材を終えました。

今回の取材記事を通して、戦地でのリハビリテーションに真摯に向き合い続ける人たちがいることを、ひとりでも多くの方に知っていただけると幸いです。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

今後ともリハノワをよろしくお願いいたします!


かわむーでした。

現地で活動する山崎さん(山崎さんより写真提供)


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