ICUで「生きる」を支える。集中治療理学療法士・篠原史都さん|藤田医科大学病院

みなさんこんにちは、リハノワのかわむーです!

今回は、藤田医科大学病院の集中治療室(Intensive Care Unit:ICU)で活躍する集中治療理学療法士、篠原史都さんにお話を伺いました。

本記事では、篠原さんがICUのリハビリテーションに興味を持ったきっかけから、現在の活動、そして今後の挑戦まで、その熱い想いを紹介します。

理学療法士・篠原史都さん

◆篠原 史都(しのはら・あやと)さん
1988年生まれ静岡県出身。2011年に理学療法士免許取得後、藤田医科大学病院(愛知県豊明市)に就職。2013年から七栗記念病院(三重県津市)に出向し、2017年より再び大学病院勤務。ICUでの理学療法業務には1年目から関わるようになり、現在は、ICU専任理学療法士として臨床および教育に従事する傍ら、集中治療学会での活動や研究にも取り組んでいる。2023年に日本集中治療学会認定「集中治療理学療法士」のライセンスを取得。

かわむー
かわむー

現在、集中治療を専門として精力的に活動されている篠原さんですが、理学療法士を目指したきっかけは何だったのでしょうか。


篠原さん
篠原さん

幼少期から続けていたサッカーで「下前腸骨棘剥離」という怪我を負ったのをきっかけに、中学2年生のときに理学療法士の存在を知りました。

最初の怪我では、2ヵ月間の固定と柔道整復師である父のサポートを受けながら筋トレを行い、約5ヵ月後に復帰しました。しかし、練習再開後1週間で再発。顧問の先生や周囲からは「選手生命を考えると手術をした方がいい」と勧められましたが、手術をすると3年生最後の大会に出場できないため、手術をしない選択をしました。

その時に初めて会ったのが理学療法士でした。その方は、私の「大会に出たい」という気持ちに寄り添い、懸命にサポートしてくれました。

高校ではサッカー部に入らず、医学部を目指して勉強に力を入れましたが、高校2年生のときに理学療法士の道も考えるようになりました。

中学時代にお世話になった理学療法士の方は、その時にはJリーグのサッカークラブで働いていました。知り合いのつてで再会し、さまざまなお話を聞くことができました。その中で、改めて理学療法士の魅力を感じ、その道に進むことを決意します。



かわむー
かわむー

実際にお世話になった方との再会を経て、理学療法士の道を選ばれたのですね。きっとその理学療法士の方も嬉しかったことと思います。

学生時代に力を入れたことや、藤田医科大学病院を就職先に選んだきっかけについてもお聞かせください。


篠原さん
篠原さん

怪我とリハビリがきっかけで理学療法士の道に進みましたが、スポーツ領域にこだわりがあったわけではありません。勉強や実習を通じて患者さんと接するうちに、大きな病院で幅広い疾患のリハビリテーションに携わりたいと思うようになりました。

大学4年生の7月、偶然キャリアセンターで藤田医科大学病院の募集を見つけました。他の病院より試験が早く、記念受験のつもりで挑戦しました。そして、幸運にも採用が決まったのです。

2011年4月から、愛知県豊明市にある藤田医科大学病院で理学療法士としてのキャリアをスタートしました。


藤田医科大学病院

集中治療の世界へ

かわむー
かわむー

篠原さんが、ICUでのリハビリテーションに関わり始めたのはいつ頃だったのですか?


篠原さん
篠原さん

ICUには1年目の頃から関わっています。入職してすぐの4月に現場配属となった際、最初に行った病棟がICUでした。指導者がICUの専任の方だったためです。

他の同期はリハ室や病棟に行くところ、私はICUへ。初めてICUに入った時、その独特の緊張感から、「とんでもない場所に来てしまった…」と思ったのを覚えています。しかし、次第にその環境にやりがいを感じるようになりました。

当時のICUでは、経験を積んだ4〜5年目以上の理学療法士しかICUのリハビリチームに入れませんでしたが、ちょうど私が1年目の時に、若手もチームに入れる方針に変わりました。

「篠原くん、どうする? ICUのリハビリチームに入ってみる?」と上司に尋ねられ、「やれるならやりたいです!」と即答。1年目の冬から、ICUチームのメンバーとして活動を開始しました。

2年目の5月には休日のひとり出勤も任されるようになり、診療がますます楽しくなっていきます。



かわむー
かわむー

1年目からICUでの診療に関わっていたなんてすごいですね! 2011年当時は、ICUでのリハビリテーションはまだあまり普及していなかったと思います。そんな中、藤田医科大学病院ではすでにチーム体制が整い、積極的にリハビリテーションが進められていたことにも驚きました。

ICUでのリハビリテーションは、どのようなことを行っているのですか? その変遷についても伺いたいです。


篠原さん
篠原さん

私が入職した2011年当時は、まだスクイージング(気道に溜まった喀痰をスムーズに出すための手技)などの呼吸理学療法が主流でしたが、2013年頃から徐々に「早期離床(体調に合わせてできるだけ早期に離床すること)」が主流となっていきました。

研究も進み、近年ICUでは、重症病態に伴う筋力低下(ICU acquired weakness:ICU-AW)や集中治療後症候群(post intensive care syndrome:PICS)が深刻な問題となっています。

ICU-AW(アイシーユー・エーダブリュー)とは、重症患者に発症した急性のびまん性の筋力低下のうち、重症病態以外に特別な原因が見当たらない症候群のことを指します。また、PICS(ピックス)とは、ICU在室中あるいはICU退室後、さらには退院後に生じる運動機能、認知機能、メンタルヘルスの障害のことです。これらの障害を予防したり早期に対処したりすることが、リハビリテーションの大きな役割のひとつとなっています。

実際の診療では、6段階(0〜5)のリハビリステップ表に沿って「早期離床」を進めています。意識、呼吸状態、循環動態など、患者さんの状態に合わせてベッド上でのエクササイズ、座位、起立、歩行練習などを実施します。セラピストは基本1名で診療を行いますが、 場合よっては担当の看護師さんに手を借りることもあります。

ICUには人工呼吸器などの機械を使用している方も多くいますが、基本的にはそのような機械がついた状態でも離床はすすめていきます。たとえば、人工呼吸器を装着したまま立って足踏みをしたり、歩いたりします。


ICU専任理学療法士の1日

かわむー
かわむー

現在、篠原さんはICUの専任理学療法士として活躍されていますが、具体的にどのような働き方をされているのでしょうか? 1日の流れを教えてください。


篠原さん
篠原さん

私の勤務時間は他のスタッフよりも早く、7:30〜15:45が基本です。ICUチームは5名の専任理学療法士と2名のローテーターで構成されており、私は1日を通してICUに滞在しています。

朝は7:30〜9:00のカンファレンス(回診)から始まります。集中治療医、主治医、看護師、薬剤師、管理栄養士、臨床工学技士、理学療法士など多職種が参加し、ICUに入室している18名の患者さんの治療方針などを話し合います。このカンファレンスは、その日のリハビリ内容や介入の有無を決める重要な役割を果たします。

9時には午前を担当する専任理学療法士が1名ICUに来るので、カンファレンスの内容を申し送り、その後、ICUのリーダー看護師とリハビリラウンドを行います。看護師の協力が必要な患者さんをピックアップし、その日のリハビリの目標やリハビリ時間の調整を行います。

10時から診療を開始し、11時頃から1時間は若手セラピストに一緒に診療に参加してもらいながら指導を行います。

午後の診療開始前には、午後担当の専任理学療法士にカンファレンスや午前の様子を申し送り、その後、診療に入ります。一般病棟へ転床した患者さんも数名担当しているため、午後一番か午後の最後に一般病棟での診療も行います。


<ICU専任理学療法士・篠原さんの1日>

7:30〜9:00 カンファレンス
9:00 午前担当の理学療法士に申し送り
9:20 リーダー看護師とのリハビリラウンド
10:00 診療開始(ICU)
11:00 若手教育
12:45 午前担当の理学療法士に申し送り
13:00 診療開始(ICU、一般病棟)
15:45 退勤



かわむー
かわむー

篠原さんは、まさにICUに欠かせない存在ですね…! ICUで診療する中で、嬉しさややりがいを感じるのはどんな瞬間ですか?


篠原さん
篠原さん

ICUに入室する重症患者さんは、常に生命の危険と隣り合わせです。リハビリを始める際に、ご本人やご家族から「こんな状態でリハビリですか?」と聞かれることも少なくありません。そういった際は、今後の生活を見据えた上で早期にリハビリを開始する重要性を丁寧に説明します。

ICUで診療する中でやりがいを感じるのは、やはり患者さんが無事に退院できることが決まった瞬間です。これは、ICUの他のフタッフも同じ気持ちだと思います。患者さんと一緒に、看護師さんがつけてくれた「ICUダイアリー(ICU入室中の様子がまとめられた日記)」を振り返りながら、当時の様子を話すことがあります。

ICU退室後、私が担当を継続させてもらった患者さんは、本人同意のもと、退院前に一緒にICUに顔を見せにいくことがあります。元気になった患者さんの姿を見た瞬間、ICUのスタッフたちはとても喜びます。

その両者の笑顔を見ると、「やっていてよかった」と心から思います。また、退院後に外来受診などで「元気に暮らせています」という声を聞いたときもとても嬉しいですね。

負の遺産をつくらない

かわむー
かわむー

私も臨床時代は集中治療を専門にしていたので、篠原さんの嬉しいお気持ちがよく分かります。一方で、理想的な状態まで導けなかったケースもあるのではないかと思います。

診療する中で感じる大変さや、そういった状況をどのように乗り越えているのかについて教えていただけますか。


篠原さん
篠原さん

おっしゃる通り、患者さんを理想的な状態まで導けなかったケースも少なくありません。予想以上に身体機能が向上しなかったり、退室後に思うように改善できなかったりすることもあります。そういった時は非常に悔しく、心が痛みます。

ICUのリハビリチームでは、なぜ理想の状態まで導けなかったのかをしっかり議論し、改善点を見つけるように努めています。ICU入室中や退室後の関わりで改善できることがあったか、私たちが関われない要因も含めて、丁寧に議論します。

議論する中で見えてきたこととして、一番大切なのは「ICUではいかに負の遺産をつくらないようにするか」ということです。ICUの中ですべてを解決しようとするのではなく、退室後に積極的にリハビリを進められる基盤を築くことが重要です。

また、ICUでは多くの時間をかけてリハビリを実施しているため、退室後にリハビリの負荷が減らないように、一般病棟との連携にも力をいれています。同じようにリハビリを継続していくことが大切です。



かわむー
かわむー

患者さん一人ひとりに対する深い思いが伝わってきました。

篠原さんが、ICUでのリハビリテーションを実践する上で大切にしていることを教えてください。


篠原さん
篠原さん

ICUでリハビリを実施する際、 私は重症病態の患者さんに対して「よくなりましたね」と軽々しく言わないように気をつけています。患者さんの立場からすると、何か具体的にできるようにならない限り、自分が良くなったとは感じにくいからです。筋力が少し上がっただけでは実感が湧かないことが多いです。

そのため、成功体験を積み重ねることを大切にしています。たとえば、以前ICUに3ヵ月以上入院し、数十キロ体重が落ちた患者さんがいらっしゃいました。筋肉が衰え、一般的な高さの椅子から立ち上がることが難しくなっていました。筋力の数値としては改善してきていましたが、起立動作ができないことで自信を失っていました。

そこで、私はいつも歩行練習中の休憩で使用する椅子の高さを5センチ底上げし、立ち上がりやすくする工夫をしました。その結果、なんとか立つことができ、それから少しずつ自信を取り戻していきました。

このようにして、患者さんが成功体験を積み、リハビリに対する自信を持てるよう日々工夫しています。成功体験を通じて患者さんのモチベーションを高めることが、リハビリを進める上でとても重要だと考えています。


新しいルールを作る挑戦

かわむー
かわむー

篠原さんが今後挑戦したいことについて教えてください。


篠原さん
篠原さん

ICUに入室されるすべての重症患者さんを、日常生活や社会生活に復帰させたいと考えています。

そのためには、まず、重症患者さんがリハビリできる環境を整備する必要があります。現在の制度では、重症患者さんが回復期病院など、リハビリが十分にできる環境に行くことが難しくなっています。ICUを退室したあとも、場合によっては呼吸器が必要だったり、気管切開といって喉に穴があいた状態だとそのケアが必要になったります。また、筋力が落ちて動けなくなってしまうと、回復期病院の規定の入院期間では回復できないと判断され入院を断られてしまうのです。

集中治療のゴールは救命ではなく、日常生活や社会生活への復帰です。集中的にリハビリを実施し、身体能力や生活機能を回復させることは重要だと考えます。そのため、診療報酬改定へのロビイングを行っていきたいと考えています。ICU退室後、直接自宅に戻れる方もいるので、地域も含めたリハビリのフォローアップ体制を構築したいです。

また、PICS(集中治療後症候群)を国民に広く認知させるための活動を進めていくために、情報プラットフォームの整備や相談窓口の設置をしていきたいと考えています。ICU内では知られているこのワードも、外部ではまだ浸透していません。

PICSの認知度を向上させることで、退院後に不調を感じた患者さんが「もしかしてPICSかもしれない」と早期に対処できる環境を作りたいです。


かわむー
かわむー

重症患者さんが日常生活や社会生活に復帰するための包括的なシステムを構築していきたいとお考えなのですね。 臨床では1対1の診療に加え、後輩の教育を通してICUでのリハビリテーションを推進している篠原さんですが、藤田医科大学病院で収集した多くのデータを基にルール(診療報酬)を変えようとするその姿勢に、強い情熱を感じました。

プラットフォーム構築の部分では、何かお手伝いできることがあれば嬉しいと感じながらお話を伺っていました。これからのご活躍を心から応援しております!


患者さんへのメッセージ

かわむー
かわむー

最後に、ICUでリハビリに励まれる患者さんに向けてメッセージがあればお願いします。


篠原さん
篠原さん

どのような理由であれ、ICUで集中治療を受けることは、患者さんにとって大きな不安が伴います。それは自然なことであり、誰もが感じることです。

最近では、全国のICUに理学療法士が常駐するのが一般的になりつつあります。2023年からは「集中治療理学療法士」という専門資格も設けられ、現在は全国で約140人が活動しています。

ICUに入ったらリハビリを受けることが当たり前の時代となり、「寝たきり」や「動けなくなる」ということをなくそうと努力しています。たとえ動けない状況でも、リハビリ専門職は必ずサポートしにいくので安心してほしいです。

また、ICUに入った際には、ご家族の方にもリハビリに参加していただきたいと思っています。リハビリテーションは、集中治療の中でもご家族が関わりやすい部分かと思います。

入室直後は絶望を感じることもあるかもしれませんが、心が落ち着いたタイミングで、ぜひリハビリに参加していただければと思います。それが、患者さんの回復にもつながります。

私たちセラピストは、患者さんやご家族と力を合わせ、日常生活や社会復帰を目指して共に歩んでいきます。



かわむー
かわむー

集中治療学会も打ち出していますが、「集中治療のゴールは救命ではなく日常生活や社会生活の復帰」であり、リハビリテーションはその実現に欠かせないものだと改めて感じました。

患者さんご本人とご家族にとって、ICUでの治療は本当に辛いものだと思いますが、リハビリテーションの時間が生きる希望となり、再び前に歩み出せるパワーの源にもなると思います。

この10年間で、ICUのリハビリテーションは大きく進化しました。これからもこの領域がさらに発展し、ICU退室後のリハビリ難民が減ることを心から願っています。

リハノワはこれからも、篠原さんのご活躍を心から応援しております。

本日は貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。



かわむー
かわむー

<関連記事>

ICUのリハビリテーションの実情
藤田医科大学病院リハビリテーション科

ぜひ合わせてご覧ください。


撮影:ひろし


以上、今回は藤田医科大学病院のICUで働く集中治療理学療法士の篠原史都さんを紹介しました。

ひとりでも多くの方に、篠原さんの素敵な想いと魅力がお届けできれば幸いです。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

今後ともリハノワをよろしくお願いいたします!


かわむーでした。

この取材は、本人から同意を得て行なっています。本投稿に使用されている写真の転載は固くお断りいたしますので、何卒宜しくお願い申し上げます。

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