「おいしく食べる」座談会レポート 〜誰もが居心地のよい社会を目指して〜

2024年2月19日、重症児デイサービスあべに〜る(広島県広島市)とリハノワは、「おいしく食べる」をテーマとしたオンラインイベントを開催しました。本イベントは、病気や障害のある方がおいしく食べるために必要なエッセンスについて考えることを目的に、歯科医師、管理栄養士、障害をもつお子さんのお母さん、一級建築士の4名からそれぞれお話をいただきました。

口腔機能や衛生管理、食形態や見た目の工夫、食器や環境デザインなど、さまざまな視点から「食」に向き合うことのできたあっという間の1時間半でした。この記事では、それぞれの登壇者からのメッセージをご紹介します。

イベント概要

開催日:2024年2月19日(月)19:30〜21:00
会場:Zoomによるオンライン配信
登壇者:
・尾田友紀さん(歯科医師)
・藤井葉子さん(管理栄養士)
・角野美雪さん(当事者母親)
・簾藤麻木さん(一級建築士)
主催:重症児デイサービスあべに〜る 小柳翔太郎
協力:リハノワ 河村由実子

ゲストトーク「おいしく食べる」

口腔機能 <歯科医師の目線から>

はじめに、歯科医師の尾田さんから、おいしく食べるために必要な口腔機能や衛生管理についてお話をいただきました。

食べるという動作は、咀嚼、唾液の分泌、味覚、食塊の形成、嚥下、捕食という要素によって構成されます。このどこかに異常が生じた状態を摂食嚥下障害といい、どこが障害されているかによって治療法は変わります。摂食嚥下障害の原因には、形態的、神経学的、心理的、発達的な問題などさまざまありますが、歯科では、口唇口蓋裂や歯列不正などの形態的な問題、咀嚼や嚥下などの経験不足といった発達的な問題に対して介入します。

診断には、問診をはじめ、嚥下造影検査(VF)や嚥下内視鏡検査(VE)を用います。VFでは、実際に飲み込めているのか気になる食材を持参してもらい、検査をすることもあるそうです。どのトロミ剤が適切かも合わせて評価をすることで、食事時の参考になります。

口腔内の衛生管理に関しては、以下のポイントが伝えられました。

1. よごれを目で見て、確認しながら磨く
歯磨きは、ほっぺたを避けながら、歯ブラシが歯に当たっているのを確認しながら磨くことが重要です。

2. 1日に1回、しっかり磨く
食事は1日に3回あるので、毎回きれいに磨くのは思った以上に大変です。理想は毎回完璧に磨くことではありますが、文献によると、1日に1回きれいに磨くことで、虫歯や歯周病の菌はそれなりに除去できるのだそうです。たとえば、朝昼はざっと磨き、夜にしっかり磨く。介助者の負担の軽減になればということでお伝えされました。(※しっかりと磨くタイミングはどこでも大丈夫だそうです)

3. 口を開けてくれないとき
歯磨き介助をしていて、なかなか口を開けてもらえない時は、下唇の内側(下の歯の歯茎前方)を軽く押すと開けてもらいやすくなるそうです。それでも開かない時は、下の歯の奥歯の内側を触ると開けてくれることがあるとのこと。開けてくれた隙に、デンタルブロックやガーゼを輪ゴムで割り箸に巻き付けたものなどを噛ませておくと、磨くきやすくなるそうです。

4. 脱感作
小さい頃から口の中を触られることに慣らしておくことが大切です。

最後に、尾田さんより、「ごはんをおいしく食べるためには、口腔機能の回復はもちろん、むし歯や歯周病の早期発見が重要となります。歯磨きが難しい場合は、2週間に1回もしくは1ヵ月に1回、歯科に通いケアをするようにしましょう。おいしく食べるための支援の輪に、歯科も入れてもらえたらと思います」とメッセージが送られました。

食形態の工夫 <管理栄養士の目線から>

続いて、障害のある子どもや大人の施設で長年にわたり食事をサポートしてきた管理栄養士の藤井さんから、食形態の工夫についてお話をいただきました。

3つのポイントにしぼってお伝えします。

物性の違いによる食べやすさ
藤井さんが勤務されていた療育センターでは、普通食、つぶし食、ペースト食、流動食、口腔感覚対応食(カリカリとしたようなもの)、軟固形食、うらごしペースト食、ペースト食、きざみ食など、たくさんの形態の食事を取り扱っていました。かたさ、粘り(付着性)、まとまり・ばらつきなど、物性の違いで食べやすさにかなり違いがでるといいます。たとえば、粘り気のあるものは食べづらさがあるので、とろみ剤を使って「まとまってはいるけど粘りはない」という状態を作ると良いそうです。食材も種類が多い方が嚥下機能が低下しにくいので、できるだけ種類を増やすように意識することが大切です。

栄養管理
筋力が落ちると、噛んだり飲み込んだりする力の他、胃腸の消化吸収も悪くなり嘔吐が増えてしまいます。そのため、食べる力がなくならないように、肉の割合を多くしたり、少し粘りのあるものを添えてあげたりすると良いそうです。こまめに体重管理をして、早めに対処していくことが重要となります。また、エネルギーを十分とるのが難しい場合は、お菓子などで調整するのも良いとのことです。

胃ろうの人の食事
医療用栄養剤だけだと不足する栄養素がでてくるため、食材をミキサーしたものを入れると良いそうです。家族みんなで同じ食材・料理を食べれるということは、食べる人も食べさせる人も嬉しいものです。不足している栄養素に気をつけながら、食材を追加していきましょう。

ミキサー食は見た目から <当事者母親の目線から>

重症心身障害児・医療的ケア児の息子さんをもつ角野さんからは、見た目の良い食事とその重要性についてお話をいただきました。

角野さんの14歳になる息子さんは、生後7ヵ月の時に急性脳症となり、重症心身障害児・医療的ケア児となりました。ペースト食を経口摂取していたのですが、11歳で発症した誤嚥性肺炎を契機に経口摂取を中断、胃瘻造設を行いました。その後も調子をみながら経口摂取を続けてきましたが、2023年冬に発症したインフルエンザ肺炎を契機に咽頭気管分離術を行いました。術後より、少しずつ経口摂取を再開しています。


現在、角野さんは見た目を大切にしたキャラ弁再現食作りに力を入れています。

角野さんが手掛けたキャラ弁(写真=角野さんより提供)
角野さんが手掛けた再現食(写真=角野さんより提供)

キャラ弁を作り始めたきっかけは、料理人である旦那様が作るハート型のだし巻き卵だったそうです。形がきれいなまま息子さんにも食べさせてあげたいと思った角野さんは、ミキサーをかけても見た目の変わらないだし巻き卵を作りました。すると、息子さんはこれまで以上に早いスピードで完食したのだそうです。「この経験から、ペースト食も五感を大切にすることが重要だと実感しました」(角野さん)。

<角野さんが意識している五感

・味覚:ミキサーにかけると水分が多く味が薄くなるので、薄くなりすぎないように気をつける
・視覚:「美味しそう」「食べたい」と思ってもらえるような見た目にする
・触覚:舌触りや歯触り、誤嚥せずに飲み込めるような一手間を大切にする
・嗅覚:調理している時の香り、食べている時の香りを重視
・聴覚:料理を作っているときの音、ミキサーをかけているときの音、食器のガチャガチャという音を大切にする

キャラ弁や再現食を作るようになって、本人や周囲の人たちにも変化を感じていると角野さんは話します。「息子は、食事を見ただけでパクパクと口を動かすようになりました。自然と会話が生まれ、食事中もコミュニケーションが取りやすくなりました。デイサービスのスタッフさんからは、食事時間が楽しくなったと言われます。また、私としても食事づくりが楽しくなったし、子どものためにやってあげられているという達成感も感じられています。お弁当やミキサー食に関して、人と情報交換ができるようになったのも嬉しい変化です」。

また、胃瘻から注入するときも、角野さんは同じようにキャラ弁や再現食を作っているといいます。「見た目や料理の香りで食事を楽しめるし、ゲップで味も分かります。栄養剤よりも満腹感が得られるし、会話をしながら注入できることで楽しい時間になります」と、キャラ弁や再現食の重要性について伝えられました。

プルプルとしたゼリー食の形態を生かしたキャラ弁(写真=角野さんより提供)
角野さんが手掛けた病院食でのアート。緑、黄色、オレンジなど、病院食は色が少ないため、なんとか見た目を変えようと、試行錯誤しながら描かれたそうです。(写真=角野さんより提供)

ケアのデザイン <建築士の目線から>

最後は、おいしく食べるためのデザインをテーマに、ケアのデザインストアねんりんを運営する一級建築士の簾藤さんからお話を伺いました。


簾藤さんは、ご自身のお祖母様の介護経験から、ケアの視点のものづくりや環境づくりに興味を持ちました。ケアのデザインストアねんりんでは、日本全国の工房・製造企業と連携し、既存の福祉用具店では取り扱いのない「ケアが必要な方も使いやすい日用品」をオンラインショップにて取り扱っています。

今回は、「おいしいデザイン」について3つの視点からお話をいただきました。


視覚で、おいしいデザイン
ケアのデザインストアねんりんで扱っている「デリソフター」という簡単にやわらか食が作れる製品を使って、介護施設で食事の勉強会を開催したときのこと。「これまで食べてきたものと見た目が近いと、食欲も湧いてくるようです。普段はあまり食べない利用者さんが、たくさん食べてくださいました」と、介護現場の反応が伝えられました。


食空間で、おいしいデザイン
簾藤さんのお祖母様が介護状態になったとき、「一人だけ違う食器(福祉用具)で食べるのが、とても寂しそうだった」と簾藤さんは話します。ケアのデザインストアねんりんでは、みんなで食べられる食器のコーディネートをしています。ケアの状態によってはどうしても同じ食器が使えないこともあるかもしれませんが、ランチョンマットや食器の色などを配慮することが大切だと伝えられました。


力になることで、おいしいデザイン
ある介護施設から、簾藤さんに「一緒に食卓に集えない方がいる」と相談がありました。難病のせいで食べこぼしてしまい、周囲の人から「一緒に食べたくない」と言われたのが原因でした。そこで簾藤さんは、ねんりんのお箸や食器を貸し出しました。すると、食事をこぼしにくくなり、「これでまた一緒に食べられる」と、その方は再び自信を取り戻すことができたといいます。

ケアのデザインストアで取り扱っている商品は、病気や障害のある方だけに使いやすいのではありません。すくいやすいカレー皿や持ちやすいお椀は、子どもたちの食事量をアップさせました。また、品のある食事用エプロンは、簾藤さんご自身も外食時に使用しているそうです。

最後は、「おいしく食べるお手伝いを、ものづくりの視点からもできると嬉しいです」とコメントが伝えられ、トークイベントが締めくくられました。

参加者の声

イベントに参加した方からは、

「歯磨きの仕方が知れて勉強になった」
「食形態の工夫について専門家の視点から話が聞けて良かった」
「角野さんのキャラ弁がとっても可愛かった」
「ケアのデザインストアねんりんの取り組みや商品がとても素敵。早速サイトを見てみます」

といった声が聞かれました。さまざまな領域の専門家の声が聞けて、参加者の方にとって刺激的な機会となったようです。

まとめ

今回のトークイベントでは「おいしく食べる」をテーマに、歯科医師、管理栄養士、障害をもつお子さんのお母さん、一級建築士、それぞれの視点からお話をいただきました。食は、生命の維持だけではなく、人生の豊かさにつながる大切なテーマだということを改めて考える時間となりました。今回学んだ、口腔機能や衛生管理、食形態や見た目の工夫、食器や環境デザインなど、食に関する各ポイントをおさえて、食事をより楽しく、いつまでも充実した時間として過ごせると良いですね。


今回、共同開催いただいた重症児デイサービスあべに〜るは、広島県広島市に革新的な重症心身障害児者支援施設「core」を作るために勢力的に活動しています。「core」は、健常者が障害者と関わる機会が少ない日本社会や諦めざるを得ない状況を変え、障害の有無に関わらず、誰にとっても居心地の良い社会の実現を目指しています。

誰もが自然と集まるコミュニティのきっかけの1つに、コアでは「食」を掲げています。病気や障害をもつ人たちがおいしく食べるためには、まだまだたくさんの課題があります。コアでは、そのような食に関する課題を解決し、食をきっかけに笑顔になれる場所作りに力を入れています。2024年の夏に完成予定ですので、広島を訪れた際にはぜひお立ち寄りください。

リハノワは、「core」がたくさんの人に愛され、一緒になって成長していく豊かな場所になることを心から願っています。

2024年の夏に完成予定のcore(広島県広島市中区)

登壇者プロフィール

◆ 尾田友紀(おだ・ゆき)さん
1998年広島大学歯学部卒業。歯科医師・社会福祉士。広島市開業医勤務を経て、2007年より南カリフォルニア大学USC Continuing Education Course 受講。2010年より広島大学障害者歯科助教、2016年より同科講師として、障害者歯科教育・研究・臨床に従事。2023年より、広島口腔保健センターに副センター長として着任。日本障害者歯科学会専門医・認定医指導医・認定医・代議員。日本歯科麻酔学会認定医。日本老年歯科医学会認定医。日本摂食・嚥下リハビリテーション学会認定士。日本自閉症スペクトラム症学会支援士。厚生労働省歯科医師臨床研修認定指導者。著書に、「障害者の歯科治療 臨床編」永末書店など。

◆藤井葉子(ふじい・ようこ)さん
北海道旭川市出身。管理栄養士。30年近く、小児から大人の障害施設に勤務し、食べやすい嚥下調整食の作成、拒食、偏食、肥満など食事に課題のある方の支援を行う。「発達障害児偏食改善マニュアル」の著者で、食べにくさを持った方達の支援方法を福祉施設、自治体、児童施設、教育委員会、養成大学、多職種の勉強会など様々なところで普及する活動を行っている。食べられる、食べにくいはすごく些細な調理の出来栄えで違い、うまく作ることで食べる機能に良い影響があること、また、経管栄養の方も注入するものや量などの工夫で、下痢、嘔吐など体調も整えたり、家族と一緒の食材で作ることで、味、香りを感じたり、一緒に楽しむことができると感じている。coreがみんなの美味しく食べるを見つけられる施設になればと思いプロジェクトに参加中

◆角野美雪(かどの・みゆき)さん
山口県萩市出身。広島市在住。現在14歳の長男が生後7ヶ月の時に急性脳症になり、重症心身障害児、医療的ケア児となる。食べることが大好きな息子の食形態はペースト、ゼリー食。主人が作ったハート型のたまご焼きをミキサーにかけた時の罪悪感から、本格的に再現食をやろうと決意。1年半前より週末のデイサービスへ持参するお弁当のおかずの再現やキャラ弁を開始。お弁当を通じて、息子もデイのスタッフさんも笑顔で楽しい食事時間になればという思いで、現在も可能な限り続けている。また、記録用にInstagramで「ミキサー食は見た目から」というテーマで投稿。ペースト食でも、家庭で見た目が楽しい食事が作れることを保護者の方へ伝えていきたい。

◆簾藤麻木(すとう・まき)さん
一級建築士事務所nenlin主宰 / 明治大学兼任講師
在宅介護の経験から、空間や道具の違いで生きる意欲が変わることを痛感し建築を志す。早稲田大学理工学部建築学科、同大学院創造理工学研究科(建築学専攻)修了。10年間の建築設計事務所勤務を経て2018年に独立。ケア視点の企画・建築設計・プロジェクトマネジメントを手掛けるほか、全国からケアの日用品を集めた『ケアのデザインストアねんりん』を運営する。講演や設計アドバイザリー、商品企画などを通じて、医療・介護の現場の声を建築・ものづくり業界につなぐ活動に取り組む。





以上、今回は2024年2月19日に開催された「おいしく食べる」をテーマとしたオンラインイベントの様子をお伝えしました。

豊かな人生を送るために欠かせない「食」について、じっくりと考えるきっかけとなれば幸いです。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

今後ともリハノワをよろしくお願いいたします!

かわむーでした。


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