介護業界の未来と笑顔を共に創る | 理学療法士 寺本圭佑さん

みなさんこんにちは、リハノワ.comのかわむーです!

本日は、愛知県に拠点のある「株式会社 介護コネクティブ」の代表で理学療法士の寺本圭佑さんを取材してきたので、皆さんにご紹介したいと思います!

これまで理学療法士としてたくさんのアクションを起こしてこられた寺本さんの、大切にされている想いや描いている未来など、その魅力にとことん迫っていきたいと思います。

理学療法士・寺本圭佑さん

寺本圭佑(てらもと・けいすけ)さん
1984年3月13日 愛知県出身 

<資格>
・理学療法士
・介護支援専門員

<経歴>
2005年
理学療法士免許取得
整形外科クリニック 勤務

2015年3月
整形外科クリニック 退職
訪問看護ステーション 勤務 立ち上げ

2018年6月
訪問看護ステーション 正社員から非常勤へ
個人事業主として活動開始

2018年12月 
株式会社介護コネクティブ 設立

2019年1月
本格的に活動を開始


かわむー
かわむー

寺本さんが理学療法士を目指した “きっかけ” は何だったのですか?


寺本さん
寺本さん

理学療法士を知ったきっかけは、親のすすめでした。近所の整形外科に通っていた母親から、この仕事いいんじゃないかって教えてもらったんです。

僕は小さい頃から「社会に役に立つ仕事がしたい」と思ってました。でも、スーツとかは着たくなくて。だから、なんとなく床屋とかいいんじゃないかな〜とか、昔は思っていましたね。


かわむー
かわむー

床屋ですか!
確かに床屋さんも、目の前の人が喜んでくれる姿が間近で見られていい仕事ですよね。

お母さまから「理学療法士」を勧められて、どうでしたか?


寺本さん
寺本さん

昔からおばあちゃん子だったので、なんとなく良さそうだなと、直感的に思いました。

実家の近くに整形外科のクリニックがあったので、高校の時に見学に行ってみたんです。そしたら、スタッフの方々が生き生きと働いていて。

その働く姿を見て、改めていいなと思いました。それで、進路を決めましたね。


かわむー
かわむー

理学療法士の免許取得後は、高校時代に見学に行かれたクリニックに就職されたそうですね。

クリニック時代はどのように過ごされていたのですか?


寺本さん
寺本さん

整形外科のクリニックでは、まず1〜3年目くらいまではとにかく技術をあげて、職人を極めていましたね。疾患は肩と膝がメインで、外来と入院どちらも見ていました。外来はたくさんの方がこられていたので、結構忙しかったですね。

4年目からはリーダーを任されるようになり、めちゃくちゃ悩みました。教育システムや質に関しても疑問だったので、いろいろ変えていきたいなとアクションを起こしましたが、上手くいかず。毎日しんどくて働くのが嫌だな、と思う時期もありました。

その頃、おそらく臨床7年目ぐらいだったと思いますが、「リーダーシップ」とか「コミュニケーション」について学ぶ勉強会に行ってみたんです。そしたら、見える世界がものすごく変わりました。

これまでコミュニケーションについて学んだことがなかったので、衝撃を受けました。自分のやり方に問題があったんだと、リーダーとしてのあり方がやっと分かったような感覚でした。

次の日から、「指示型の指導」から「聴くスタイルの指導」に変えてみたんです。そしたら、非常にスムーズにチームがまとまっていきました。そこから、コーチングも学んでみたり、チームビルディングにも興味を持つようになりました。



かわむー
かわむー

コミュニケーションの達人・寺本さんにもそんな過去があったのですね。

クリニックを10年で退職し訪問看護ステーションに転職されたそうですが、何かきっかけはあったのですか?


寺本さん
寺本さん

クリニックではしっかりと見ることのできなかった「患者さんの生活」とか「QOL」とか「社会的参加」の部分を、しっかりと幅広く見ていきたいと思うようになったんです。

また、その頃には理学療法士として自分が職人を極めるより、スタッフが元気でいる職場を作れば患者さんも元気になるのでないかと感じていました。だから、マネージャー(責任者)としてもっと成長できる場へ行こうと思ったんです。

訪問看護ステーションでは、立ち上げの責任者として頑張りました。今まで、理学療法士のマネジメントしかしてなかったので、もっと広い視野をもてたのはとても良い経験でしたね。


かわむー
かわむー

医療分野から介護分野への転換、さらには責任者ということで、結構大変だったのではないでしょうか。

介護分野へ進む際に、なにか準備されていた事などはありましたか?



寺本さん
寺本さん

理学療法士5年目くらいから介護・地域分野には興味があったので、6年目でケアマネ(ケアマネージャー;介護支援専門員)を受験し、一発合格をしました。さらに、整形外科のクリニック勤務で内科系には弱いと感じていたので、8年目に呼吸療法認定士も取得しました。

介護分野に行く準備は、働きながらちょっとずつ進めていた感じですかね。



介護業界にかける想いと可能性

かわむー
かわむー

訪問看護ステーションの責任者として働くようになり、何か変わったこと感じたことはありましたか?


寺本さん
寺本さん

愛知県の知多半島という地域で働いていたのですが、在宅医療介護のインフラが整っていないことに衝撃をうけました。

片道30分の移動はざらだし、リハビリを受けたい人がいるのにこちら側のオーバーキャパで断ることもありました。そこから、考え方が変わってきたんです。

介護は、足りていない場所、特に僻地や田舎にこそ人材が必要です。人材や資源がそこに行き届けば、街が良くなり、地方の人にとってもメリットがあるんじゃないかと考えました。


かわむー
かわむー

確かに、介護分野で働くリハビリスタッフはまだまだ少ないですよね。そして、田舎に行けば行くほど人が足りていないのも現実ですね。


寺本さん
寺本さん

そうなんです。以前、街の中心部にある大手介護施設の施設長から「機能訓練指導士として来てくれないか」と相談がありました。その時は仕事もあったのでお断りしましたが、なんとかならないかなと試行錯誤し、機能訓練指導士のタスクフォースを作りました。セラピスト5名でチームを結成し、非常勤職員として担当制で関わることにしたんです。

今までそこの施設ではセラピストが関わったことがなかったようで、利用者の「生活」についてしっかりと見る機会がなかったそうです。我々が関わるようになり施設長はとても喜ばれていましたし、僕も、セラピストの可能性を感じることのできた非常に良い機会でした。

介護事業を進めている企業で困っているところはたくさんあって、そこに、セラピストがもっと関わっていけると良いなと感じました。都会でこの状況なので、地方ではよりニーズがあると確信したんです。


かわむー
かわむー

現場にニーズはあり、セラピストも力を存分に発揮し活躍できるということですね。利用者さんのADLやQOLの向上にも繋がり、とってもいいですね。

事業を始めた “決め手” はなんだったのですか?


寺本さん
寺本さん

僕は愛知県理学療法士会の仕事もしているんですが、以前、「理学療法士の働き方を考えていこう」という企画が立ち上がったんです。そこで様々な現場へ取材に行くようになりました。


その中で、愛知県豊田市の企業で「豊田市はたらく人がイキイキ輝く事業所 イキイキ大賞」を受賞した合同会社P-BEANSさんを取材しました。そこでは、シニアや障がい者の方の旅行をサポートする「旅行サービス」をはじめ、様々な素敵な取り組みをされていました。

現場に初めて行った時、スタッフの方々がイキイキと働いていることに本当にびっくりしました。さらに、利用者の20~30人にわたる方々が「介護保険からの卒業」をしていて、もう、これには言葉が出ませんでしたね。

この時、“ P-BEANS みたいな会社がたくさんあれば、働く人も利用者もみんなが元気になる” と思ったんです。そして、このような素敵な企業や事業所を全国に広げていく活動をしたいと強く思いました。

これが、創業のきっかけです。



価値を伝え続ける日々

かわむー
かわむー

寺本さんが経営者として活動されてきた中で “大変だな” とか “辛いな” と感じた事はありましたか?


寺本さん
寺本さん

会社を立ち上げて間もない頃は、お客さんもいなくて、なかなか売り上げの目処も立ちませんでした。

なので、訪問リハビリで週4〜5日働きながら、会社経営は週に1~2日おこなっていました。この時は結構、忙しかったんじゃないかと思います。


かわむー
かわむー

どんどんと勢いを増している寺本さんの「介護コネクティブ」ですが、ご活動される中で “嬉しい” とか “やりがい” を感じるのはどういった時ですか?


寺本さん
寺本さん

最近だと、関わる企業さんが喜んでくれた時はめちゃくちゃ嬉しいですね。「理学療法士が関わって会社がよくなった」って言ってもらったら、もう最高です。

僕は日々一生懸命、「理学療法士の価値」を伝え続けています。

現在50人くらいのセラピストがパートナー企業と繋がりを持つようになったのですが、そこで彼らが活躍しているのを聞いた時も、とても嬉しいですね。



活力ある未来を創るため

かわむー
かわむー

寺本さんが考えるセラピストの今後の可能性や、描かれている未来を教えてください。


寺本さん
寺本さん

僕は、“やりたいと思うことは、やり方次第で何でも実現可能” だと思っています。

だから学生にはいつも「思っていることは全部叶うよ」と話すようにしています。

僕は、セラピストの今後の可能性は存分にあると思っています。だから、そのためには病院の外の世界」をどんどんと見て欲しいです。

病院の外には困っている人がたくさんいます。そして、僕たちは求められています。

介護、福祉、まちづくりそれら全てをみんなとともに創っていきたいですね。



かわむー
かわむー

寺本さんのお話を聞いていると、いちセラピストとしてとてもワクワクしてきます。

最後に、寺本さんが理学療法士として大切にしている “モットー” を教えてください。


寺本さん
寺本さん

僕たちは、支援を必要とする人に向き合うことを仕事にしています。だから、自分たちが元気でイキイキしていないと、目の前の人を元気にすることは出来ません

セラピストって本当に頑張っている人が多いと思います。だけど、同じくらい疲弊している人も多いんですよね。だから僕は、セラピストにチームづくりや働き方、生きがいを作ることで、イキイキさせたいんです。それらは全て、目の前の患者さんに繋がります。

さらには、目の前の患者さんに向き合うことが「街の活性化」にも繋がると考えています。安心してイキイキと暮らせる街づくりに、これからは力を入れていきたいですね。


かわむー
かわむー

目の前の方が元気になれば、町全体が、そして社会全体が元気になる。

まさに、リハノワのコンセプトとも似ているな、ととても共感しながら聞いておりました。今後のさらなるご活躍を、楽しみにしております。

寺本さん、本日は素敵なお話を聞かせていただき、ありがとうございました!


<寺本さんのSNS

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以上、本日は愛知県に拠点のある「株式会社 介護コネクティブ」代表取締役で理学療法士の寺本圭佑さんを紹介させていただきました。


一人でも多くの方に、寺本さんの素敵な想いがお届けできれば幸いです。


最後まで読んでいただきありがとうございました。


今後ともリハノワ.comをよろしくお願いいたします!


かわむーでした。





※この取材は、本人の同意を得て行なっています。本投稿に使用されている写真の転載は固くお断りいたしますので、何卒宜しくお願い申し上げます。

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