介護社会と一般社会の壁をなくすための挑戦 | 介護福祉士 市川貴章さん

リハビリスタッフ・セラピストの紹介

みなさんこんにちは、リハノワ.comのかわむーです!

本日は、愛知県岡崎市にある認知症と診断された方が働く沖縄そば屋さん「ちばる食堂」の店長で介護福祉士の「市川貴章さん」を取材してきたので、皆さんにご紹介したいと思います!


普段お仕事をされる中で感じることや大切にされている熱い想い、そして 、今後市川さんが描かれている “介護社会と一般社会の壁をなくす” ための挑戦など、その魅力にとことん迫っていきたいと思います!

かわむー
かわむー

・市川さんの営む沖縄そばとゆんたくのお店「ちばる食堂」の紹介はこちら。

市川さんのSNSはこちら。
Twitter
アメブロ
Instagram

ぜひ合わせてチェック・ご覧ください。


介護界の風雲児・市川貴章さん

かわむー
かわむー

市川さんは「介護福祉士」さんとのことですが、その “資格を取られるまで” や “働いていて感じたこと” など、ちばる食堂を作るまでの歩みについて、ぜひ教えてください。


市川さん
市川さん

僕は介護福祉士になって20年目になりますが、最初は老健施設で17年間働いていました。

そこでは、入所者さんやデイサービスで来られる高齢者の方と直接関わる仕事をしていましたが、とにかく目の前のおじいちゃん・おばあちゃんのために必死でした。時にはスタッフの方とじっくりと話し合いながら、“そこだけば曲げたくない” と思うことには僕は信念を持って向き合い、働いていました。


介護の道に進んだのは、高校時代の母の一言がきっかけでした。
周りが大学進学を考える中、僕は今後どうしようかと進路に悩んでいた時、母から「家の近くに学校があるからそこにいきん」と言われたんです。

そこが、介護系の専門学校でした。

特にやりたいこともなかった僕は、母に言われるままそこの学校に通うことにしました。でも実はその時、介護福祉士というものも知らずに、さらには資格が取れることも知らずにいったんすよ(笑)入って色々分かりました(笑)

でも入ったら楽しくて、バイトや遊びと両立させながら、2年間通いました。
卒業式に名前が呼ばれないなんていうハプニングもありましたが(笑)、なんとか卒業することもでき、無事に介護福祉士になりました。


かわむー
かわむー

知らずに入学、そして卒業式に名前が呼ばれないだなんて、、、!
色々と波乱万丈のようですが、その後、無事に卒業できてよかったです!

学生時代のアルバイトは、何をされていたんですか?


市川さん
市川さん

ラーメン屋さんです!

高1の時からずっと同じお店でバイトをしていたんですが、専門学校を卒業する前に、当時の店長と一生に「調理師免許」を取りにいきました。

だから、料理をしてみんなに振る舞ったりするのが好きですね。
この時代の経験(仕込みや工程など)は、ちばる食堂で「沖縄そば」を作る際にかなり活きています。


かわむー
かわむー

高校1年生から5年間ラーメン屋でバイトをされていたんですね!
さらには調理師免許も取得されているとは驚きでした。

かつて励まれていたことが今の仕事にも活きていて、素晴らしいですね。




“料理×介護” で描く夢

かわむー<br>
かわむー

介護福祉士である市川さんが、沖縄そば屋さん「ちばる食堂」を始められたのには、どんな “きっかけ” があったのですか?


市川さん
市川さん

調理師免許を取るくらい元々料理が好きだったので、いつか、“料理×介護” で何かしたいなぁと6〜7年前くらいから思っていました。

そして今から3年程前に、キングコングの西野さん主催のイベントに行ったことがきっかけで、色々と動き始めました。そのイベントで知り合った医療・介護業界の方々から様々な情報をいただき、また、“市川さんは介護界の風雲児だ、頑張れ!” と背中を押され、前向きになることができました。

“あ、動いていいんだ” “やりたいことをちゃんと発信していこう” と思った僕は、すぐに介護ブログを始めました。

そして、仲間に教えてもらった「注文をまちがえる料理店」というものをきっかけに、“あ、認知症の方と一緒に働けばいいんだ” とハッとし、2019年の2月に「注文をまちがえる日本料理店」というイベントを仲間3人で開催しました。


かわむー
かわむー

ヘぇ〜!キングコングの西野さんは行動力があり若者を引っ張るリーダーとして有名ですよね!そのイベントに参加されていた方々も、前向きで行動力のある素敵な方達がたくさんいらっしゃったのですね。

しかし、いい仲間との出会いはあったものの、すぐさま行動にうつされた市川さんはやはり素晴らしいです。私も介護ブログ読ませていただいていますが、とっても面白くて大ファンです!

また、「注文を間違える日本料理店」というイベントもとっても楽しそうですね。このイベントの後に、“食堂を始めよう” と思ったのですか?


市川さん
市川さん

そうですね、仕事をしている時から “こうしよう!” っていうのはあったので、このイベントを開催した時にはすでに職場をやめることは決めていました。ちばる食堂についても着々と準備は進んでいました。

職場自体はイベントの翌月である2019年3月31日に辞めて、翌日の4月1日に法人化しました。

自分の頭の中のキャンパスには十分に絵(理想像)は描かれていて、そこに一気に色をつけていったというイメージでした。だから、始まるってなってからは本当に早かったですね。


かわむー
かわむー

なるほど、2019年は市川さんが描いていた世界にどんどんと色が加えられた素敵な年だったんですね。

現在もその彩はどんどん増えているようで、今後のさらなるご活躍がとっても楽しみです!





愛する沖縄での思い出

かわむー<br>
かわむー

「ちばる食堂」は沖縄そばとゆんたくのお店ですが、市川さんはなぜ、地元・愛知県の岡崎で沖縄料理店をしようと思ったのですか?


市川さん
市川さん

僕ね、沖縄が本当好きでここ15年ぐらいは毎年遊びに行ってるんです。

それで、どうせ仕事を辞めて新しいことするなら好きなことをやりたいな、と思って。でも、家族がいるから沖縄に移住するというのは現実的ではなくて、だったら仕事で沖縄料理やをすれば毎日沖縄と関われるじゃん!ってなったんです。

僕ね、好きなものに好かれたいし、気に入られたいんです。だから、沖縄からも好かれたいし、ずっと沖縄と関わっていきたい。

沖縄の人に、「お前頑張ってんな〜!」って言われたら嬉しいじゃないですか(笑)


かわむー
かわむー

なるほど!もともと沖縄が大好きで、それで仕事にしちゃったってことですね!

首里城が火事になって大変だった時も、すぐさま義援金募金を実施し、それを直接沖縄に届けられたそうですね。そして、そのことが沖縄タイムスに載ったのだとか。本当、行動力素晴らしいです!

沖縄に通い続けることとなった “きっかけ” は、何かあるのですか?


市川さん
市川さん

まず、一番はじめに沖縄に行くきっかけになったのは、NHKの朝の連続ドラマ小説『ちゅらさん』を見てからです。

ちゅらさんの舞台は八重山諸島の小浜島という島なんですが、どうしてもそこに行きたくて、22歳の時にバッグひとつ持って行きました。

で、無事フェリーにも乗れ小浜島に着くんですが、ここでハプニングが起こります。

僕、なんと、宿屋を取ってなかったんです(笑)
しかもその時台風がちょうど来ていて、かなり大変な状況でした。

しかし、その時港で声をかけてくれた人が民宿をやっていて、泊めてくれたんです。そこのおばぁがすごくいい人で、朝には一緒にタコ採りに連れていってくっれたり、めちゃくちゃ綺麗な星空を見せてくれたり。僕、すっかり島が大好きになって、帰るときは泣いていました。

とにかくその経験が忘れられず、それから毎年欠かさず沖縄に通っています。最近では小浜島のお隣の『黒島』にもよく行っています。そこの島のお父さんとも仲良くなって、僕がその民宿のTシャツのデザインなんかもさせてもらったりしています。


かわむー
かわむー

なんと、そんなストーリーがあったとは、、、!

小浜島のおばぁや黒島のお父さんに、島の人は本当にいい人が多いんだなぁという印象を受けました。皆さんの温かさや島の景色に惚れ込んで、15年間ずっと沖縄に通われているということですね。

私も小浜島には行ったことがありますが、市川さんが毎年通いたくなるのもよく分かる気がします。とっても素敵な島ですよね。


市川さん
市川さん

そうですね、沖縄は本当にいいとろこです。

よく、「なんで、沖縄なの?」「なんで、認知症の人が働いてるの?」とか聞かれることが多いですが、僕は『なんで?』というのをたくさんお店に作りたかったんです。

それがコミュニケーションのきっかけの一つとなり、「ちばる食堂」に自然と興味を持ってもらえたらいいなと思っています。




従業員の笑顔のために

かわむー
かわむー

施設で働く介護福祉士から一転、昨年4月から飲食店経営をされることとなった市川さんですが、これは“大変だ” と感じていることはありますか?


市川さん
市川さん

そうですね、まず、お店を “継続させること” は本当に大変だなと思います。

リアルにただの飲食店なんで、継続させないと、おじいちゃんやおばあちゃんを雇用できないので、一生懸命店のことを考えながら働いています。

僕は愛知県の最低賃金である900円を、毎日従業員であるおじいちゃん・おばあちゃんに現金で日払いをしています。認知症なんで、月末にまとまったお金を振り込んでも、本人たちにはこれがなんのお金なのか分からないんです。だから僕は、働いた瞬間に払います。

家に帰って忘れたとしても、その瞬間だけはめちゃくちゃいい笑顔で、喜ばれるんでくれるんですよね。



かわむー
かわむー

従業員のたかおさん、とっても素敵な笑顔をされていますね!

最近よくある “有償ボランティア” でも、ここまで時給が良いものもかなり稀であり、認知症の高齢者をきちんと「雇用」しているという形がすごいなぁと思います。


市川さん
市川さん

そうですね、それはよく言われます。しかし僕の感覚としては、例えば一から教えないといけない高校生を雇うより、高齢者の方がいいんですよね。おじいちゃん・おばあちゃんって一回自分でやってるから、やり始めると動けちゃうんです。


そうだ、あとね、もう一つ。
意外と“味” が変わらないようにするのも大変です。だから僕、あちこちに「気まぐれ」って書いてます。僕の味、変わっちゃうから(笑)



かわむー
かわむー

メニューの「気まぐれ」とは、店長市川さんの気まぐれ、だったのですね!(笑)

このゆる〜い雰囲気にも非常に癒されます。



僕がカウンターから出ない理由

かわむー
かわむー

お店をされる中で、“やりがいを感じる瞬間” や “嬉しかったこと” などはありますか?


市川さん
市川さん

おじいちゃん・おばあちゃんの喜ぶ姿っていうのもそうだけど、僕なしでお客さんと関わってる姿を見たときは本当に嬉しいですね。

僕は、“一般社会と介護社会の壁を崩したい” と思ってます。

壁っていうのは、情報・知るってことで崩せると思っています。だから、認知症の人とふれ合い・喋ることで誤解が溶け、普通の人と人として話ができる環境が、僕がいないところで生まれたら嬉しいんです。

だから、僕は普段、カウンターから極力出ないようにしてます。
お客さんもスタッフも僕に頼らないで欲しいから。お客さんとおじいちゃん・おばぁちゃんの間で何かが生まれる瞬間を見たいんです。


かわむー
かわむー

なるほど、市川さんがカウンターからあまり出られないのには、そんな思いがあったのですね。

確かに、お客さんとおじいちゃん・おばぁちゃんが関わり、そして何かが生まれていく瞬間を見届けるのはとってもやりがいを感じそうです。相当嬉しいでしょうね。


市川さん
市川さん

そうですねぇ。そういえば、先日そのことが形になるような出来事もありました。

ちばる食堂周辺にお住まいのおじいちゃんが行方不明になったんですが、たまたま隣の市で見つかったんです。

そのおじいちゃんを見つけてくれたのは、ちばる食堂に来てくれている常連さんでした。
普段からちばる食堂のスタッフの方と関わったり、僕の発信するブログを見たりもしてて、これまでなかった認知症に対する知識が自然と入ってたみたいです。

常連さんからは、「ちばる食堂に来ていたからアンテナが張れたんだよ」と言ってもらえました。

きっと頭のどこかに意識として残っていたのだと思います。これを言われた時は本当に嬉しかったですね。


かわむー
かわむー

いやぁ〜、これはかなり嬉しいエピソードですね!

きっと、市川さんがしたかったのはこういうことなんでしょうね。
飲食店でお客さんと従業員として日常になっていることが、良かったんだろうなと思いました。こういった仕掛け作りって本当に難しいのだけれど、かなり大事なことだと思ます。

これをやって実現させている市川さんは、本当に素晴らしいです。



これからの挑戦!

かわむー
かわむー

最後に、市川さんが描いている、ちばるの “これから” について教えてください。


市川さん
市川さん

今は、「パーラーちばる」というテイクアウト中心のサテライトを作ろうと考えています。

今の食堂では制度を使っていないけど、今後は使おうかなと思っています。
例えば、認知症対応型のデイサービスをパーラーちばるに併設させる形です。デイサービス中心ではなく、あくまでもパーラーちばるが中心として。

実は僕の中で「ちばる食堂」は、ある意味失敗作なんです。僕にしかできないから。
“一般社会と介護社会の壁を崩す” という取り組みを “広める” という意味ではこれではダメで、全国でもマネできるものを作るというのが今後の自分の課題だと思っています。

形にできればモデルケースとして普及できると思うので、今季中には作りたいと今準備を進めているところです。


かわむー
かわむー

「ちばる食堂」は、市川さんにしかできないというのはある意味強みでもあり、弱みでもあったということなのですね。

市川さんの素敵な思いがますます広がっていく可能性に溢れた「パーラーちばる」。
今後の発展が非常に楽しみです!



市川さん
市川さん

ありがとうございます!

あと僕ね、最終的にはもっともっと大きな構想があるんです。

スタジオちばる』という “保険の卒業” と”地域の帰る場所(活躍できる場所)” の流れを作れる場所をつくりたいと思っています。これは、一種の街をつくっちゃおう!みたいなイメージです。
例えば、家があって生活もでき、雇用も生んで、買い物もできて、さらには組合委員とか町内会があったりとか。

そこでは徘徊は徘徊とは呼ばれず、買い物して未払いも未払いとは呼ばれない、みたいなね。
ちなみに構想は5年後です!今、プロジェクトメンバーとともに少しずつ進めているところです。

5年後がスタートとなって、少しずつつくっていけたらなと思っています。サクラダファミリアみたいに、もしかしたら僕が生きている間に完成しないのかもしればいけど、これは着実に進めていきたいです。


かわむー
かわむー

なんと!「パーラーちばる」のみならず「スタジオちばる」構想まで進んでいたとは!驚きです。
市川さんの持つパワーは本当に大きくて、今後が非常に楽しみです!

なぜここまで動けるのか聞いた際に、 “楽しい方がいいでしょ。人が笑った顔が見たいし、喜んでいる顔が見たいっていう、ただそれだけ ” と話されていたのがとても印象的でした。

市川さんは、遊び心を大切にしながらも、自らの信念を貫き常に前に突き進んでいる、非常に情熱的で温かい方でした。みんなから愛される市川さんだからこそ、こんなにも温かいものが作れるんだろうなと思います。

市川さんのこれからのご活躍を楽しみにしています!本日はありがとうございました。









以上、本日は愛知県岡崎市にある認知症と診断された方が働く沖縄そば屋さん「ちばる食堂」の店長で介護福祉士の「市川貴章さん」を紹介させていただきました。


一人でも多くの方に、市川さんの素敵な想いがお届けできれば幸いです。


最後まで読んでいただきありがとうございました。


今後ともリハノワ.comをよろしくお願いいたします!


かわむーでした。







※この取材は、本人の同意を得て行なっています。また、本投稿に使用されている写真は市川さんからお借りして許可を得て掲載しております。問題がある場合はご連絡いただければと思います。

コメント

タイトルとURLをコピーしました