介護施設が営むお宿!? 管理人が描く “地域共生” のまちづくり | 作業療法士 羽田知世さん

スタッフの紹介

みなさんこんにちは、リハノワのかわむーです!

本日は、広島県福山市の鞆の浦にあるお宿と集いの場「鞆の浦・燧冶(ひうちや)」管理人で作業療法士の羽田知世さんをご紹介します。

燧冶は、同じく鞆の浦にある生活密着型多機能ホーム「さくらホーム」が運営するお宿です知世さんはさくらホームで働きながら、お宿の管理人も務めていらっしゃいます。また、さくらホームの代表である羽田冨美江さん(理学療法士)の実の娘様でもあります。

知世さんが、故郷・鞆の浦でさくらホームとともに歩んできたストーリー、さらには代表であるお母様の背中をみて感じらていることや燧冶の今後の展望についてなど、その魅力にとことん迫ります。

作業療法士・羽田知世さん

 羽田知世(はだ・ともよ)さん
広島県福山市・鞆の浦出身

<経歴>
2007年 
作業療法士免許取得
岡山県にある脊損専門の病院に勤務

2011年 
デンマークへ留学

2012年
鞆の浦・さくらホーム 入職
小規模多機能サービス 勤務

2015年
認知症デイサービス 勤務

2017年
相生(兵庫県)おおの家 勤務

2019年
鞆の浦・燧冶(ひうちや) 管理人

母の背中を追いかけて

かわむー
かわむー

理学療法士である母・冨美江さんの背中をみて育った知世さんですが、なぜ、作業療法士を目指されたのでしょうか。そのきっかけを教えてください。


知世さん
知世さん

リハビリ職というのに興味を持ったのは、やはり、母の影響が強いです。母は昔から、よく職場の人を家に呼んできては、学会発表の準備をしたり仕事の話をしたりしていたのですが、それがとにかく楽しそうでした。

イキイキと仕事をする母を見て育ったので、自然とリハビリ職って何だかいいなと思うようになったんです。

そして、高校で進路を決める際、母から「何か資格をとった方がいいよ」と言われたのをきっかけに、リハビリ養成校である広島大学を受験することになります。作業療法学科は、センター試験の結果から選択しました。


かわむー
かわむー

現在、地域でお仕事をする中で、娘と母、作業療法士と理学療法士といった点で、考え方の違いを感じることはありますか?


知世さん
知世さん

そうですね、病院では役割を明確に分けていることなどもあると思いますが、地域に出たら、作業療法士も理学療法士もそこまで分かりやすく住み分けされていることは少ないかと思います。

ただ、母のシーティング姿勢に対するこだわりは、いつもすごいな〜と思って見ています。身体のスペシャリストというか、理学療法士の強みといったものを感じますよね。

一方私は、その人の身体を細かく見るというよりは、繋がりとか機会などの資源で、暮らしを豊かにすることを常に考えています。

なので、私自身、実際によく町に繰り出しては情報を集めています。例えば、町歩きをするとか、お祭り・イベントに顔を出すとか。なので、街には知り合いの方がたくさんいます。


さくらホームと母・冨美江さん

デンマーク留学での教訓

かわむー
かわむー

さくらホームへ就職する1年前、知世さんはデンマークに留学されたそうですね。

デンマークでの経験で、何か印象に残っていることはありますか?


知世さん
知世さん

デンマークで一番印象的だったのは、介護する側もされる側もみんなが対等だということです。

お年寄りや障がいのある方を含めて、年齢、性別、国籍問わず誰もが当たり前の生活を送れるように社会の環境を整備していこうという考え方である「ノーマライゼーション」が浸透していました。

その考え方が当たり前の世界というは、本当に魅力的でした。学校では、車椅子に乗った先生が教鞭をとり、生徒は先生の車椅子を当たり前のように押しています。障があるというのはまさに個性といった印象でした。

さらに印象的だったのは、デンマークでは高齢者が転けた時、まず「何で転けたの?」と原因を聞くんです。介護支援者の腰痛予防のために一人で起こしてはいけないという決まりもあるそうで、一定以上の体重の方は、消防士さんを呼ぶことさえありました。

日本だと人が転けた場合、「すぐに起こす」という行動をとることが多いと思いますが、向こうでは全く違いました。

デンマークでの経験から、私はこれまで、患者さんや障がいをもっている方に対して何かをやってあげるという奉仕の気持ちを持って関わっていたことに気がつきました。そして、デンマークのようなノーマライゼーションの考え方に魅了されたんです。


かわむー
かわむー

なんと、介護支援者の腰痛予防のために決まりもあるとは…!驚きです。ノーマライゼーションの考え方、本当に素敵ですね。

デンマークでは、介護する人もされる人も「みんながハッピーであること」が大前提とされているのですね。私も実際にその文化に触れてみたくなりました。


知世さん
知世さん

そうなんです。だから、自分を犠牲にしてまで奉仕するみたいな感覚ではダメなんだなと考えさせられました。

それ以来、本人の幸福を考えるのはもちろんのこと、良いケアを提供するには、働くスタッフや自分も幸福でいられるような仕組みづくりが必要だと考えるようになりました。

みんながハーピーでいられる仕組みづくりは本当に大切なことです。

ここでの経験を胸に刻み、私は鞆の浦に帰りました。


鞆の浦の町並み
昔から「潮待ち」として栄えた

さくらホームという存在

かわむー
かわむー

鞆の浦の町を、介護専門職という立場から支え続けているさくらホーム。その活動は、介護保険ができるもっと前から、地域で介護をするという文化ができるもっともっと前から、取り組まれてきたと伺いました。

まさにノーマライゼーション地域共生社会といったものを実現した全国でも稀に見る介護施設だと思います。


知世さん
知世さん

母がさくらホームを作ったのは、私が大学生2年生の時でした。でもその時は、母が頑張っているなというくらいの感覚です。

その後、私が大学4年生の時に母がくも膜下出血で倒れました。病院実習中だった私は、スーパーバイザーに言って実習を中断し、病院に駆けつけました。その後母は、半年間くらい入院することになります。

施設の立ち上げや走り出しでかなり無理もしていたようで、体に負担がかかっていたのかもしれません。それでも、母の体調は順調に回復したことから、最初はさくらホーム以外で働きたいという当初の思いを優先し、岡山県の病院へと就職しました。

そこで計4年間、その後1年間デンマークへ留学後、卒後6年目に鞆の浦に戻り、さくらホームで働くことになります。


かわむー
かわむー

多くの経験を経て戻った地元・鞆の浦、そしてさくらホームはいかがでしたか?

実際に働いてみて、ご自身の中で変化したことはあったのでしょうか。


知世さん
知世さん

さくらホームで実際に働くようになり、母の偉大さに気付いたというか、価値観が大きく変化しましたね。母には叶わないな、って改めて思いました。

驚いたことの一つは、見学希望者の多さです。全国の至るところから、さくらホームの取り組みを見学しに人が来るんです。

これまでは中に入り込んでいなかったので、私には見えてない部分がたくさんありました。利用者さんやスタッフの方々、町のいろんな人との関わりを見ていく中で、この文化を引き継いでいかなくちゃなと思うようになります。


見学者とお話をする知世さんと母・冨美江さん


かわむー
かわむー

知世さんが働く中で、やりがいを感じる瞬間はどんな時ですか?


知世さん
知世さん

以前、利用者さんが亡くなられた際に、その方や家族の希望もあり、祭りの掛け声で最期をお見送りしました。祭りの掛け声の中、棺が霊柩車まで運ばれたんです。

そのご家族は、最期を懸命に寄り添われており、やり切ったということを強く感じられたているようでした。その姿を見て、私も嬉しくなりました。

また、その葬儀のあと、昔からの知人に「ともちゃん、いい仕事しとるな」と声をかけてもらいました。私がやっていることは間違いではなかった、町の人からみてもいい仕事をしているんだと感じられ、すごく嬉しくなったのを覚えています。


かわむー
かわむー

その光景を思い浮かべただけでも目頭が熱くなりました。多くの方の想いや温かさを感じる、素敵なエピソードですね。

知世さんが、今後挑戦していきたいことがあれば教えてください。


知世さん
知世さん

私が今後チャレンジしたいのは、自分が利用者さんに紹介できる仕事の選択肢を増やすことです。

以前、さくらホームの利用者さんが地域の仕事をお手伝いしたことがありました。

例えば、近くの宿で鯛味噌を作っていてそれを箱詰めし配送しているのですが、その作業の一部を担ったり、行政主体のイベントがあった時はその飾り付けを担当したりしました。

この時、利用者さんは地域に貢献しているといったことが実感できたそうで、とても嬉しそうでした。

仕事や作業を通して、もともと器用だった人がイキイキとしたり、周りに馴染めないと悩んでいた方が自信を取り戻していったりする姿を目の当たりにし、人には “役割” というものが必要だと改めて感じました。

人にはそれぞれ個性があるため、合う仕事・合わない仕事は必ずあります。

そのため、私が紹介できる仕事の選択肢を増やすことで、より多くの方に役割を持ってもらえるきっかけを提供できればいいなと考えています。

それが豊かさに繋がることを、私は信じています。


地域で共に生きる覚悟

かわむー
かわむー

地域共生社会を実現しているさくらホームですが、地域に溶け込み事業を展開していくにあたり、苦労することや大変なこともたくさんあると思います。

地域と共に歩むための心得や、これまでのプロセスを教えてください。


知世さん
知世さん

鞆の浦には、「旅の人」「地の人」という言葉があります。旅の人というのは鞆の浦の町以外の人、地の人というのが鞆の浦の町の人のことです。

例えば、20歳の時に福山(鞆の浦から30分ほど離れた町)から嫁いできたおばあさんでも、未だに旅の人と呼ばれます。お祭りの時も、山車に触れられるのは地の人だけです。現在は少しずつ変わってきてはいますが、もともとはこのような文化がありました。

こんな状況下で、兵庫県出身の母が町に溶け込むのはかなり大変だったそうです。PTAや町内会のことには積極的に参加していました。私が小学校の頃、学校の車椅子講習会には母が講師で来ていたのを覚えています。

このように母は、積極的に地域で動くことで横のつながりを構築し、少しずつ街に根づいていました。

そんな土壌ができてきたところで、さくらホームを作ることが決まります。しかし、いざ事業をするとなると、「お金儲けするんか」と大変なことになったそうです。

立ち上げてからも街の人の理解を得るのは大変で、利用者さんも、最初は遠くから受け入れなければならない状況でした。


かわむー
かわむー

それだけ地域に馴染み、土壌ができたと思っても、事業をするとなると受け入れてもらえないのですね。

伝統のある町で事業として成功するには、とても丁寧なプロセス、そして長い年月が必要だということが感じられました。


知世さん
知世さん

母は、5年間は無関心、10年でやっと町の人たちの意識が変わり、15年たった今ようやく住民のみなさんと一緒に、地域で共に暮らす豊かさを感じることができている、とよく話しています。

地域の力が高まり、「地域共生」のまちづくりを、地域の人たちと一緒に進めているという感覚だそうです。自分が率先してやろう、では上手くいかないのだそうです。


母・冨美江さん

管理人として描く未来

かわむー
かわむー

地域の人たちと一緒に進める「地域共生のまちづくり」。知世さんが管理人を務める燧冶でも、このプロセスを丁寧に紡いでいかれたのでしょうか。新しい挑戦ということもあり、地域住民の理解を得るのには苦労されたのはないかと思われます。

作業療法士である知世さんが、宿屋を作ろうと思われたきっかけはなんだったのですか?


知世さん
知世さん

もともと燧冶となる建物には、90歳代のおばあさまが1人で住まわれていました。その方が、さくらホームに入所したんです。素敵な建物が空き家になるため、何かに活用できないかと話があがりました。

みんなで半年ぐらい作戦会議をしました。もちろん、そのプロセスには地域住民の方も参加していただきます。日々、あぁでもないこうでもないと色々なお話をしました。

その作戦会議の中で、私は、宿がいいのではないかと提案をしました。空き家には部屋も多いし、これまでイベントで人を集めた時も、宿泊施設があるといいなとずっと感じていたからです。


かわむー
かわむー

半年もの時間をかけ、地域を巻き込みながら丁寧に歩んでこられたのですね。

作り始めるまでのプロセスや、ハード面・ソフト面のバリアフリーに細部までこだわられた燧冶、本当に素敵です。(詳細は、こちらの関連記事から確認できます)

2019年に無事オープンを迎えられましたが、知世さんは管理人として、今後ここがどのような場所になればいいなと考えられていますか?


知世さん
知世さん

私の理想は、自分が何もしなくても、ここに色んな人が集まることですね。色んな人がそれぞれに色んなことをして過ごせる、そんな温かい場所になって欲しいです。

例えば、地域の人が集まってイベントやお茶会をしたり、近所のおじいちゃんおばあちゃんが弁当を食べていたり、そこに宿泊の方が来てみんなが自然と交流したりする、みたいな。

イベントも今は私が仕切っていますが、今後はもっといろんな人に使ってもらいたいですね。


かわむー
かわむー

地域住民と宿泊者が交流できるハブになるということですね!とっても素敵です。

私も定期的に滞在しに来ると思います。もうすっかり、燧冶とさくらホーム、そして、鞆の浦の大ファンです(笑)


知世さん
知世さん

ぜひ来てください!そう、私が一番したいことは、かわむーのような人を一人でも増やすことです。

燧冶の役割は、多種多様な人と鞆のまちとの出会いをつくることだと思っています。この場を通して、さくらーホームや燧冶のファンになってもらえる人を増やし、それが鞆の町に繋がり、何度も鞆に足を運んでくれることになったら嬉しいです。

そんな架け橋になれることが、すごく理想だなと思っています。


かわむー
かわむー

私自身、今回の取材を通して、さくらホームや燧冶をきっかけに、鞆の町そして鞆の人が大好きになりました。さらには、私と同じような人(ファン)も増やしたいと思っています。

このように、人をここまで惹き混む魅力が、ここにはあります。

「専門職(作業療法士)ということは、地域で働く中で一回捨て去ったかもしれない」と笑って話す知世さんからは、作業療法士としてのプロフェッショナルが感じられました。

人と関わる中で自然と発揮されている作業療法士的な思考回路、町の資源を存分に活かし豊かな暮らしを提案する姿から、多くの大切なことを学びました。


これからも、燧冶の管理人、そして、さくらホームのスタッフとしてご活躍されることを心から楽しみにしています!

知世さん、本日はありがとうございました。


燧冶_外観


かわむー
かわむー

<知世さん関連記事・SNS>

・燧冶の紹介記事はこちら
・燧冶_HP
・燧冶_Instagram

ぜひ合わせてご覧ください。


以上、本日は広島県福山市にあるお宿と集いの場「鞆の浦・燧冶(ひうちや)」管理人で作業療法士の羽田知世さんを紹介させていただきました。


一人でも多くの方に、知世さんの魅力と素敵な想いがお届けできれば幸いです。


最後まで読んでいただきありがとうございました。


今後ともリハノワをよろしくお願いいたします!


かわむーでした。




※この取材は、本人の同意を得て行なっています。本投稿に使用されている写真の転載は固くお断りいたしますので、何卒宜しくお願い申し上げます。

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