【リハビリ当事者の声】19年にわたる精神病を乗り越え、再び筆を握った画家。 | 佐々木高信さん <前編>

リハビリ当事者の声

みなさんこんにちは、リハノワ.comのかわむーです!

本日は、精神病による19年のブランクを経て、再び画家として活動されている「佐々木 高信さん」を取材してきたので、みなさんにご紹介したいと思います!

かわむー
かわむー

本編では、佐々木さんの “病気と治療・リハビリ” について紹介しています。
続く後編では、 “画家・佐々木 高信さん” について紹介しています。
ぜひ合わせてチェック・ご覧ください!



佐々木さんを襲った病気「統合失調症」

「新しい作品が生まれる時っていうのは、本当に楽しいよね! 絵は自分にとってライフワークです」と明るくお話されるのは、広島県三原市在住の画家・佐々木高信さん。

おしゃれで個性的な太ブチの丸メガネがとっても似合う、笑顔の優しい男性です。


佐々木さんが「統合失調症」という精神病を患ったのは今から19年前、当時35歳のことでした。

東京藝術大学、同大学院を卒業後、東京でお仕事をされていましが、その時に精神を病み、約1年程で地元広島へ帰郷。その後、父親の死去なども重なり鬱(うつ)状態となり、約10年間ほど引きこもり生活が続いたそうです。この頃から、絵も次第に描けなくなっていったそうです。

35歳の時に症状が悪化し、統合失調症を発症。母親に連れられて行った病院でそのまま入院となり、約3ヶ月間の療養生活を送られます。薬による治療やリハビリを行われ、その後一旦退院しますが症状が悪化しふただび3ヶ月間の入院生活へ。治療の効果もあり、その後は体調も回復。現在はお仕事や絵を描きながら、月に1度ほど外来へ通われています。

病気との戦い

かわむー
かわむー

鬱状態となってから統合失調症という病気が発症するまで、約10年の期間があったのですね。
鬱とは違い「統合失調症」とはどういった症状で、どんな治療が行われるのですか?


僕の場合は、“幻覚” と “妄想” がひどかったですね。

「幻覚が見えるのは、誰かが操作して起こっているのではないか?!」と妄想していました。
実際には正気な自分も半分いて、当時の幻覚をメモ書きしたものも残っています。

でも、心はグチャグチャになっていましたね。

かわむー
かわむー

“これはおかしい” ということがご自身でも分かって、その幻覚をメモに残されていたのですね。

その後は症状がひどくなり病院へ行かれたそうですが、入院生活はどのようなものでしたか?


いわゆる鍵のついた精神病棟への入院でした。

初めて連れてこられた1回目の入院の時は「なんで連れてこられたんだ?」と、とても嫌でしたね。

2回目の入院の時は、症状が悪化し、直前は本当に体調が悪くなっていたので、入院した時はホッとしました。単純に環境に慣れていたのもあるかもしれませんが。

かわむー
かわむー

入院してホッとするほど、お辛い状況だったのですね。
統合失調症の治療とは、どのようなことをされるのですか?


薬(抗精神病薬)の調整を行います。

2回目の入院の時に自分に合う薬と出会うことができて、それ以来症状は落ち着いていて、今は元気です。

最近では飲み薬だけではなく注射もできたそうで、今は月に一度、注射と診察をするために外来に通っています。


当時のリハビリ

かわむー
かわむー

入院中はリハビリもされていたそうですが、どのようなことをされたのですか?


作業療法士さんが数日に1回こられて、僕は画家だったので絵を描いたりしていました。そのほかの人は楽器(ギター)を弾いたり、編み物をしたりしていましたね。

当時の僕は “絵を描くことは職業” という意識がすごくありました。なので、絵を描くのは正直辛くて、あまり効果があるように感じることはできませんでした。


かわむー
かわむー

筆を握られたのですか?


一応、試しにデッサンなどをやってみました。

絵は、“義務感”というか、“意地” になってしまうとあまりいいものが描けないものです。
「好き・like」ではなく、「やんなきゃ」て思ってしまうと、描けば描くほど辛くなります。


当時、もしかしたら楽器とかでリハビリするのが、僕にはあっていたかもしれませんね。

かわむー<br>
かわむー

確かに、大好きなものやことも「やらなきゃ」という義務感に変わると、辛くなることってあります。

辛いながらも絵に向き合いたい、という佐々木さんの想いが痛いほどに伝わってきました。投げ出してしまわずに、筆を握られていたことに驚きました。

いろんな人と関わることで病気を克服

かわむー
かわむー

2回目の入院でお薬の調整がうまくいき、徐々に体調も回復したそうですが、退院後はどのようにしてお過ごしになられていたのですか?


退院してからしばらくして職業安定所に行き、最初は掃除の仕事をはじめました。

病気は働きだしてもすぐに治ることはなかったけど、“いろんな人と関わる” ことで、次第に治っていきました。

ただ1人でいることでは治らない、元には戻っていかない、と思います。

この時、病気は “人がケアして初めて治るもの” と、強く感じました。

かわむー
かわむー

仕事を再開され、いろんな方と関わりながら次第に病気を克服されたのですね。

絵をふただび描いてみよう、と思われたのはどのくらい経ってからなのでしょうか。


統合失調症を発症したのが35歳の時で、絵を再開したのは44歳(2011年)の時でした。

この時、「佐々木高信1987年〜2011年展『明→暗→?』」という展示会を開き、これを機に画家としての活動を再開しました。


現在は広島と東京を拠点に活動しています。

週に2〜3回 芸術系の予備校で働いたり、絵画教室の講師を勤めたりしながら、自宅のアトリエで絵を描いています。

かわむー
かわむー

19年の時を経て、画家・佐々木高信さんは復活されたのですね。

現在はなんと週に2〜3作品のペースで絵を描かれているそうです!

病気の頃は “絵を描くことは職業” と感じ、辛い時期も過ごされたそうですが、現在は絵を描くことは “ライフワーク”だと、明るくお話しされていたのがとても印象的でした。

佐々木さんの作品を時系列を追って見ていくと、その背景にある歴史やストーリーといったものがものすごく感じられました。

学生時代の作品
病気になる直前の頃の作品
現在の作品「不完全な器官」
「不完全な器官」
「不完全な器官」


当時の自分へメッセージ

かわむー
かわむー


最後に、当時のご自身へ向けてメッセージをいただきました。


当時は本当に辛かったです。
周りのみんなにも迷惑をかけていましたからね、治って良かったなって思いますよ。

だからこそ、

“必ず治るから大丈夫!

と声をかけてあげたいですね。

かわむー
かわむー

辛く先の見えない治療を頑張られている当時のご自身へ、とっても安心するような力強くも優しい言葉をかけられていた佐々木さん。

様々な苦境を乗り越え、画家・佐々木高信さんはここにいる、ということを改めて強く感じました。そんな彼の画家としてのストーリーや作品の魅力に、非常に引き込まれた時間となりました。

佐々木さん、本日はありがとうございました!



佐々木高信展を開催していた三原市のカフェ「ロンド」にて取材






以上、本日は、精神病による19年のブランクを経て、再び画家として活動されている佐々木 高信さんの “病気と治療・リハビリ” について紹介させていただきました。


続く後編では、 “画家・佐々木高信さん” や、その作品の魅力・ストーリーに迫っていきたいと思います! ぜひこちらも合わせてご覧ください。


一人でも多くの方の励みや元気に繋がると幸いです。


最後まで読んでいただきありがとうございました。


今後ともリハノワ.comをよろしくお願いいたします!


かわむーでした。




▶︎ 佐々木さんが出展予定の展覧会情報
 現代アーチストセンター展  テーマ『2020ヒロシマ』
 日時:2020年1月21日(火) 〜 26日(日)  
    9:30〜17:30(最終日 〜14:00)
 場所:東京都美術館(〒110-0007 東京都台東区上野公園8-36)







※この取材は、本人の同意を得て行なっています。本投稿に使用されている写真の転載は固くお断りいたしますので、何卒宜しくお願い申し上げます。

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